第13話

「ところで、藤倉家の事情に踏み込んでいいか」

「何?」

 麻耶が首をかしげる。

「藤倉さんに娘がいたなんて、正直聞いたことはなかったんだが。ついでに奥さんがいたとも」

「ねえ、涼真さん」

 麻耶がすごく不満そうな顔をした。

「あ、何かマズいこと聞いたか」

 母親のこととか、聞いちゃマズかったろうか。

 もしかして死別したか。


「あのねぇ、お父さん神父なんだけど」

「ああ」

「何で妻帯して、子どもがいるのよ」




「おお」

 かなりの空白時間をおいて、手を打った。

 いかん、当たり前すぎてスルーしていた。

 いや、でも、娘って言ってたし。


「大体、涼真さんも妻帯不可でしょ」

「ま、まあな」


「あたしは、孤児だったらしいの。物心ついたころから孤児院で過ごして、10歳のころ、藤倉の父さんに引き取られたわ」

「そうだったのか」

「でも、今思えば、引き取られる前から、父さん結構孤児院に来てたのよね。改めて、お父さんの副業とか聞くと、その仕事の絡みだったんじゃないかなあ、という気はするけど。ほら、事件に巻き込まれた子どもを引き取るとか」


 うむ、賛同していいかどうかがよくわからない……。


「まあ、引き取ってもらった時、いろいろ好きにしていいと言われて。讃美歌歌うのは好きだったから、歌も歌ったし、楽器も弾いたし。高校の友達が、一緒にバンドやろって言ってくれて、今があるんだけどね。あの固そうな父さんが、ライブハウスに聞きに来てくれるのは、まあ、結構悪くないかな、みたいな」


「ガールズバンドのライブに行く藤倉さんかあ」

 うむ。イメージできない。


 そもそも藤倉さんは、一言で言えばマッチョ属性の人だ。

 カントリーミュージックとかの方が、よほど似合っていた。


「うん。何となく弾きたくなった。ねえ、ここって防音?」

「それほどではないが、上と下と隣はいない」

「じゃ、大丈夫じゃん」


 麻耶はギターを取り出した。

 少し、玄を鳴らしながら、歌い始めた。

 ロックではない。


 讃美歌だ。

 讃美歌の「もろびとこぞりて」

 クリスマスになるとも街中で聞ける曲だ。


 諸人こぞりて 迎えまつれ

 久しく待ちにし 主は来ませり

 主は来ませり 主は、主は来ませり


 悪魔のひとやを 打ち砕きて

 捕虜をはなつと 主は来ませり

 主は来ませり 主は、主は来ませり


 この世の闇路を 照らしたもう

 妙なる光の 主は来ませり

 主は来ませり 主は、主は来ませり


 萎める心の 花を咲かせ

 恵みの露置く 主は来ませり

 主は来ませり 主は、主は来ませり


 平和の君なる 御子を迎え

 救いの主とぞ 誉め称えよ

 誉め称えよ 誉め、誉め称えよ



 思わず拍手していた。

「少し、想像以上だったな。いい声だ」

「ありがと」

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