第12話

 十字教会における「聖母」とは、救世主イエス・キリストの母、マリアのことである。

 処女のままイエスを宿し、そして出産した。

 そして、キリストと同じく、十字教会においては、信仰の対象となった。

 だが、その信仰に「奇跡」というキーワードが付与された。死後、幾度となく民衆の前に現れ、救いを与えていったからだ。それは、「聖母の顕現」と呼ばれる現象だった。


「聖母マリアは知っているよな」

「こう見えても教会の娘だからね」

「じゃあ、『聖母の顕現』は知っているかい?」

「顕現……?」

「ちょっといかがわしい部分も入るが、それは麻耶の信仰に対して、思うところがあるからじゃない。それは理解しておいてくれ」

「うん、わかった」


「初めは西暦40年。まだ聖母であるマリアが存命だった時代だ。彼自身も聖人として崇敬されている大ヤコブの前に幼きイエスと天使を伴い顕現した、と。

 その後、西暦70年と221年にガリア地方、現在のフランスのル・ピュイ=アン=ヴレに顕現されたとするとピュイの聖母。時代はずっと下って西暦1061年、イングランドのノーフォークにあるウォルシンガム村の顕現、それ以後も何度も顕現している。教皇庁公認で24回。未公認も入れれば数千にも及ぶだろうって話だ」


「集団幻覚、個人で見たものは統合失調症による幻覚もあるでしょう。本当に信じてる?」


「あのな、俺は真玄宗の坊主、その発言は俺がすべきものでしょう」


「まあ、そうよね。でも、数千ある出現をすべて信じろっていうのは無理があるわ」

「だから、教皇庁は24の出現を公認している。ただ、この中にはいくつかの『奇跡』を伴うものがある。例えば、1917年のファティマの聖母だ」


「ファティマ?」


「ああ、ポルトガルの小さな町の名だ。そこで、聖母マリアは三人の少女の前に出現して、三つのメッセージを伝えた。一つは死後の地獄の実在について。聖母は彼女たちに、地獄のビジョンを見せている。そして、もう一つは予言だ。当時戦われていた、第一次世界大戦がまもなく終わること。そして、しばらくの後、さらに大きな戦争、第二次世界大戦が起きることを伝えた。

 そして三つ目。1960年になったら公開するように、それまでは秘密に、と。教皇庁はこれについて、結局1960年を過ぎても、発表することはなかった。1981年のローマ教皇狙撃事件について、とも言われているが、真実は闇の中だ。そして、この出現に際して、一つの軌跡が顕現する。太陽のダンスだ」


「ダンス?」


「三人の少女の言葉が新聞に掲載された。10月13日に聖母は自分の正体を明かし、『皆が信じることができるように』奇跡を行うと。それにより集まった人間は数万にも及んだ。そして、彼らは見た。ひとしきり雨が降った後、暗雲の切れ間から不透明で回転する円盤のような太陽が空に現れた。それは通常よりもかなりくすんだ色で、色とりどりの光を放ち、辺りの景色、人々、周りの雲を照らしたと言われている。そして太陽は地上に向かって突進し、猛スピードでジグザグに動いて通常位置に戻ったと報告されている。目撃者は、彼らの濡れた服は『突如として完全に乾いた。雨で濡れてぬかるんでいた地面も同様に乾いた』と」


「奇跡はすごいけど、ね……」


「まあ、それらはさておき、重要なのは、聖母マリアが歴史上、何度も顕現しているということだ」

「でも、私日本人よ」

「秋田県に聖母が顕現したことがあるよ。未公認だけど」

「えー」


「秋田市の教会で、木製の聖母マリア像から101回に渡る落涙および芳香現象、聖痕による出血現象などの奇跡が見られた。これらは1984年まで続き、信徒の脳腫瘍の消滅など病気の快癒現象も報告されている当時の教区長から、『奇跡としての超自然性を否定できないので、教区信者の巡礼を禁じない』という公式声明も出されている」


「そうは言ってもねぇ」


「さて、さっきの質問だ。遊びでもかまわないので、予言めいたことなど、発言したことはないか」


「ない」


 まあ、そうだろうな。そういう遊びをする娘ではあるまい。

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