第11話

 一時間後、俺は都内のセーフハウスにたどり着いた。

 何ということはない賃貸マンションだ。

 俺は地下駐車場にレクサスを入れて、三階の部屋へと転がり込んだ。

 もちろん番号のばれた携帯は電源をオフにしてある。


「何なの一体!」

 麻耶が叫んでいた。

「説明を要求します!」


 そりゃそうだ。

 田舎の山寺の住職かと思いきや、拳銃持ってドンパチやってりゃ、さすがにわけがわからないだろう。

 とりあえず、腹ごしらえしながらだ、と備蓄品のカップラーメン用のお湯をわかす。

 ついでに缶詰やレトルト食品をいくつかあけて、簡単な晩餐となる。

 飲み物はペットボトルのミネラルウォーターだ。


 さて、どこから説明するか。


「涼真さん、あなた何者?」


 そこからか。

 いいだろう。


「真玄宗大龍寺の住職だ。そこには嘘はない。そして、もう一つ副業がある。麻耶が聞きたいのは、そっちだろう」


 麻耶はこくりと頷いた。


「この世界には、いろいろと邪なものが存在する。仏教で言えば、鬼や魔などの妖だ。そして古来から人知れず、そいつらを退治し、調伏する者が存在している。もっとも、そこいらの僧侶には、そんなものに対抗する術はない。現代の真玄宗で言えば、本山に残る退魔衆と呼ばれる一部の連中だけだ。かつては僧兵として寺を守るための存在だったのが、今ではこの世界を守るために動いている。俺は二年前まで、その退魔衆の一員だった」

「え、でも拳銃とか使ってなかった?」

「退魔衆とは言うが、みんな超能力で『エイヤッ』って戦っているわけじゃない。戦場の兵士たちと、あまり変わらんのが現実だよ」


「じゃ、じゃあ二年前って言ったけど、今はどうなの?」

「今は『機関』のフリーエージェントという立場だ』」


「『機関』?」


「そう。『機関』だ。妙覚教は世界三大宗教の一つだが、決して一つではない。真玄宗だけでなく天玄宗や日光宗など、さまざまな諸派に分かれている。当然ながら、あまり仲はよくない。とは言え、調伏という行為においては、競争をしているだけでは、どうにもならない部分がある。また、政府機関としても、それぞれの諸派が勝手気ままに動かれては迷惑だ。知ってるか。警察にも超常現象課とかが存在するんだぜ」

「えええ? 何、その90年代のまんがかラノベみたいな設定」


「まんがか、そうは言っても、仕方ない。現実に存在するんだ。で、その間の調整をするための第三者が登場した。『機関』だ」


「調整屋さん?」


「そうだ。ちなみに、似たような流れで、あちこちの国が似たような組織を持っている。人間の活動がグローバル化した、第二次世界大戦以降、その調整は急務となった。下手したら、西方十字教会から見ると、真玄宗退魔衆は、悪魔の手先と思われても仕方ない。だから、1965年、国際条約として、各国の『機関』は連帯をすることになった。政治的、宗教的なイデオロギーを乗り越え、我々は退魔調伏という目的のために、大同団結することになった。まあ、それでも各宗教宗派が仲いいわけでもないからな。そして、『機関』として動かせる人員が欲しいってことで、定期的に各宗派から派遣されたり、一般人で素質のありそうな者がスカウトされたりして、『機関』は成立している。まあ、俺は、一応、真玄宗から派遣されている扱いな」


「ねえ、ひょっとして」

「気が付いたか。藤倉さん、麻耶の父さんも『機関』のエージェントだ。たしか、もともと聖母騎士修道会の所属だったはずだ」

「聖母騎士修道会」


「ああ。騎士修道会は欧州にいくつか存在している。発生は主に十字軍の時代。聖地エルサレムの防衛とキリスト教巡礼者の保護・支援を目的として創設された。そして、長い歴史の中で、各国に統合されたり、いくつかは慈善活動を行う準国家扱いで残っていたりする。そして、裏側では実戦部隊を持ち、世界の安定に寄与している、といったところだ。そのうち聖母騎士修道会は、慈善活動で名前が知られている。紛争地での医師派遣とかもやっているよ」


「だけど、父さんはなぜ雲隠れしちゃったの? 騎士修道会とやらの人なんでしょ」

「ああ。そのはずなんだがな……」


 そのあたりは、俺としても疑問が残るところだ。

 何故だ。


 そう言えば。


「麻耶、最近聖母マリアの生まれ変わりとか言われたことはないか」

「今日、あの男に言われたのが初めてよ」

「まあ、そうだよなあ」


『君が聖母だからだよ』


 フェルナンは、たしかにそう言った。

 麻耶が聖母だと。

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