第10話
「ハロー」
スピーカーモードにした携帯が挨拶した。
「日本語でいいのかい?」
「もちろん」
カソックの男はそう答えた。
「その車は一体何だい。やけに俊足だが」
「日本人の奥ゆかしさが作った車だ。ワイルドスピードにゃ出てないぜ」
「そのようだね。どうせならGT-Rで持ち出してほしかったんだが」
「お前らのように、ど派手な車で仕事する気はなくてね」
「失礼な。フェラーリの宝石のような美しさがわからないとは」
「そんな芸術品で戦争するお前の神経がわからない」
「降伏してくれれば、傷つける必要もないんだが」
うむ。永遠にわかりあえそうもない。
「ところで、俺の名前を知っているなら、そちらもそろそろ自己紹介してはくれないかな」
「ふむ。デス・モンクに名前を知ってもらえる機会か。そうだな。改めて自己紹介しよう。古き栄光の騎士修道会のフェルナン・フェルナンデスだ」
ふむ。こいつが「F2」と呼ばれた男、か。
姓名の頭文字Fが二つで「F2」。
「機関」の中の噂では、欧州のエージェント中、最強の一人。
通称「F2」。対人戦闘も対悪魔祓戦闘においても、どちらにおいても並ぶ者のない戦士であると。
有名なのは、デンマークの小さな港町を占拠した、邪教集団を壊滅させたケースである。
EUの「機関」が、それに気づき、彼の出動を指示してから、一週間で解決した事件である。
その港町すべての人間を生贄に捧げて、古き神を呼び出そうとしたのだが、間一髪、それを阻止したという。
一説には、呼び出された古き神とタイマンはって、追い返したとも言われている。
「F2。会えて嬉しいよ。『機関』のエージェントにとっては、君は生ける伝説だよ」
我ながら白々しく返す。
「じゃあ、その伝説からのお願いだ。その娘を引き渡してほしい」
「え? 何であたし?」
と、いきなり麻耶が口を出した。
「君が聖母だからだよ」
「はあ? 聖母?」
その返答にかぶせるように、俺は叫んだ。
「前!」
目の前の一台のSUV。
キャデラックのフルサイズSUV、エスカレード。
6.2リッターのV型8気筒OHVエンジンが2.7トンというヘビー級の車体を走らせる。
そのサンルーフから、一本のパイプが姿を現した。
そして、それを抱える一人の男。
パイプは、旗竿やらの平和的な利用のためのものではない。
バレットM82A1。12.7mmNATO弾を使用するアンチマテリアルライフル。
人間を撃つためではなく、車両破壊用の銃だ。
持ち出した射手は、屋根の上に三脚を広げて、こちらに狙いをつける。
待ち伏せされたのか!
「伏せろ!」
麻耶を床に押し込み、ハンドルを切る。
12.7mmNATO弾が空を射抜く。
とは言え、こちらが不利なのは間違いない。
一気に追い抜こうとするが、前へ行かせまいとスラロームしてくる。
2.7トンの巨体に激突されれば、あっさりと運転の自由は効かなくなるだろう。
そう簡単に当てられるわけにはいかない。
もう一発。
ハンドルを切る。
フロントウィンドウとリアウィンドウが同時に弾けた。ガラスが降り注ぐ。
そして、空気抵抗で一気にスピードが落ちた。
「きゃあああ! 何なのよ! 一体!」
麻耶が叫ぶ。
割れたウィンドウからP210を突き出し、引き金を引く。
はじかれた。
防弾車か。
キャデラックが一気にブレーキを踏んだ。
激突させる気だ。
こちらもフルブレーキ。そして、キャデラックをすり抜け、避けるルートを探す。
脇に抜け、左からぶつけて、その反動で一気に距離を置く。
そして、もう一度P210を向けて撃ち込んだ。
フロントタイヤのゴムがはじけたが、走り続けている。
「そこまで防弾仕様かよ」
防弾タイヤ、いわゆるランフラットタイヤは、タイヤ内部にスチールなどの円盤を持たせ、タイヤの空気が抜けても、タイヤの形状を維持し続けるしくみだ。
とは言え、100キロオーバーで耐えきれるかどうかは、また別の話だ。
だが、スピードを維持するのは、こちらも状況としてはよろしくない。
ウィンドウはほぼなく、空気抵抗の塊みたいになっている。
その時、フェルナンのフェラーリが一気に前へ出た。
そして、ミサイルみたいにキャデラックに突っ込んだ。
軽いとはいえ、100キロオーバーのスピードで突っ込めば、キャデラックもただではすまなかった。
キャデラックは大きく揺れ、そのまま横転。フェラーリも弾かれて、中央分離帯へ突っ込む。
俺はその間を抜け、一気に二台を置き去りにした。
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