第9話

「俺の名前をご存じで?」

「デス・モンクの噂は聞いているよ」

「その通り名、やめてほしいんですけどね」


「ところで……」

「何かね」

「隣の病院の屋上から、こっちを狙っているのって、あんたのお仲間ですかね?」

「何?」


 カソックの男の意識が逸れた。

 麻耶に覆いかぶさると同時に、低く長い銃声。


 転がりながら、俺は僧衣に隠したヒップホルスターから愛用の拳銃を取り出す。

 SIG P210。

 1949年にスイス軍の制式拳銃として採用されたこの銃はそれなりに長い歴史を持つ。そして、射撃競技用の拳銃としても名高く、その命中精度は折り紙付きだ。

 それが気に入って愛用しているのだが……。

 ちなみに、お値段は結構お高い。


 もともと撃鉄は起きている。

 セイフティさえ外せば弾丸は飛び出すコック&ロックの状態だ。

 ホルスターから抜くタイミングで、セイフティは外した。


 あとは。


 俺はカソックの男に向けて躊躇なく引き金を引く。


 もんどりうって倒れる男を無視して、レクサスへと向かう。

 もう一人がこっちへ向かってくるのがわかる。

 レクサスにたどり着き、リアシートに荷物を放り込む。

「ね、ねえ、殺しちゃったの?」

「あれくらいで死ぬようなヤツじゃねえよ」 

 残念ながらな。

 その言葉に安心したのか、麻耶は助手席に滑り込む。


 俺は一気にレクサスをスタートさせた。


 整理しよう。

 今のところ、敵は二勢力。

 カソックの男たちと隣接する病院の屋上からこちらを狙ってきた奴ら。

 カソックの男は「引き渡せ」で、こちらを狙ってきた奴らは問答無用の殺意だ。


 カソックの男の驚いた様子からも、別勢力で間違いないだろう。


 立体駐車場の狭い通路を降りて、公道へと出る。

 とりあえず、山の方へ向かう。

 市街地でのカーチェイスなか、死んでもごめんだ。


「涼真さん!」

 麻耶が後ろを見て叫んだ。

「どうした」

 ルームミラーに目をやる。

「無茶苦茶速そうな車が追っかけてくる!」

 たしかに速そう、いや、速い車だ。

「フェラーリ812スーパーファストか……」

「えっ、あれフェラーリなの? めっちゃ速いヤツじゃん!」

 そうか、麻耶でも知ってるか。


 6.5リッターV型12気筒自然吸気エンジンをフロントに積んだ、イタリア屈指、いや世界最高峰のスポーツカーメーカー、フェラーリのフラッグシップだ。800馬力のエンジンが1.5トンの車体を最高速度340キロで走らせるのだ。


 ちなみにお値段もバカ高く、こういう車を荒事で使うのは、映画の007くらいである。


 とは言え、街中でその性能を発揮するのはなかなか難しい。

 ついでに、体当たりとかだったら、こっちの方が強い。


 運転しているのは、あのカソックの男。

 助手席はモール内で転ばせた女だ。

 どうも、こっちのチームはこの二人のツーマンセルらしい。


 つか、胸に9ミリ喰らって平気なのか。

 防弾ジャケット着ていたとしても、プロボクサーに殴られたんじゃすまない程度のショックはあるはずだが。


「他に何か見えないか。空を見てくれ。ドローンか何か」

「あ、うん!」

 さすがにカーチェイスの真っ最中だと、なかなか周囲のスキャンは難しい。

「いた。フェラーリの上あたり」


 もう一つの勢力は、直接追ってはきていないということか。

 だとしたら、まずドローンを撒こう。


 あきる野インターチェンジから、首都圏中央連絡自動車道へ乗る。

「ちょ、ちょっと。高速なんか乗ったら、追いつかれるじゃん」

「大丈夫だ。まあ、ちょっと見ておけ」


 高速に上がった瞬間、アクセルを踏み込む。

 一気に加速し、スピードメーターが跳ね上がる。

「え?  何これ、速くない?」

「だから言ったろ。こいつは決して遅くない」


 俺のレクサスは、中古の型落ちだ。

 とは言え、グレードはIS-F。

 コンパクトセダンであるISに、5リッターV型8気筒自然吸気エンジンを押し込んだメーカー純正のモンスターマシンだ。423馬力のエンジンで、メーカー発表の最高速度は305キロ。

 フェラーリにも負けないスーパースポーツセダンなのだ。


 トラックや一般車をかきわけ、八王子ジャンクションから中央自動車道へ抜け、都内を目指す。

 残念ながら、ミラーからフェラーリは消えない。

 とりあえず、ドローンは、バッテリーが尽きたのか、姿を消した。

 片方が消えただけでも、良しとしよう。

 幸いなことに、周囲の目もあるためか、あまり過激なことはしてこない。


 若干、膠着状態のタイミングで、俺の携帯が鳴った。

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