第6話

 そして、俺はイオンモールにいた。

 寺から約四十分ほど車を走らせ、麻耶と二人、ショッピングカートを引きながら買い物中だった。

 そして、麻耶の衣類購入に約二時間を費やした。

 俺は、基本的に外出するときは僧衣だ。

 若い女の子の買い物に付き合う坊主。

 どれだけ目立つかは、言うまでもない。


 誰か、俺の忍耐力を褒めてほしい。


 そして、一通り買い終わり、今はドーナツ屋でコーヒーを飲んでいる。

「ねえ、お坊さんって、髪生やしてていいの?」

 麻耶は、エンゼルフレンチ、生クリームがたっぷり入ったドーナツをほうばりながら言った。


「うん? これか」

 そう言って、俺は自分の髪を指さす。

「髪があるとはいっても、クルーカットだから坊主みたいなもんだ」

「そうなの?」

「いや、剃髪するとな、マジで大変なんだよ。二日に一度くらいで剃らないと、半端な長さで、すげーみっともない」

 麻耶はケタケタと笑った。

「そうなの?」

「あの頭、大変なんだぞ」

「そっか。だからそんなんなんだ」

「そうそう」

 そう言って、コーヒーに口をつけたタイミングで、俺の周囲の気が乱れた。


「臨」

 俺は結界を広げた。


 俺は神秘を封じる組織のエージェントをしているが、別に超能力とかを持っているわけじゃない。

 腕がゴムみたいに伸びるわけではないし、目からビームが出るわけでもない。片手で百キロの大岩を持ち上げるようなパワーがあるわけでもない。


 人より少し感覚が鋭敏、と表現していいものか。

 俺は周囲に自分自身の境界を持つ。

 境界と書いて「きょうがい」と読むので間違えないでほしい。


 そこに立ち入ったもの。神秘を有したものが持つ、独特の妖気だったり、殺気や悪意みたいなもの。もちろん、それに限らない、物理的な何かも含めて。


 きわめて鋭敏に感じ取ることができる。


 まあ、普通の人間なら、大体持っている力でもある。

 試しに、目をつぶって、誰かに指を額に近づけてもらうといい。

 そこに「指」の存在を感じ取ることができるはずだ。


 俺の力はそれが少し広い。

 ついでに、そこに九字護身法の呪を加え、より大きく、広く、そして深くすることができる。


 そして、今、俺の背後、十メートルくらいの向こう。

 食品売り場かな?


「麻耶。ちょっと何となく俺の背後を見てほしい。誰か、俺たちを見ているか?」

「え」

「あわてて動くな。ゆっくりさりげなく、だ」

「カソックを着た人が一人。白人……かな。日本人には見えない」

 カソック、修道服を着た白人……か。

 十字会の連中だな。


 だが、何故、俺たちがここにいることがわかった。


 藤倉さんの縁者ってことで、俺がつきとめられ、寺からつけられた?

 そんな馬鹿なことがあるか。

 少なくとも、襲撃するなら山奥の寺の方が百倍簡単だ。


 その流れで、このイオンモールで仕掛けるなんてあり得ない。

 だとしたら……。


 ヤツらは、俺経由ではなく、当てずっぽうのように、ここにたどり着いた。


 当てずっぽうのように見える、超常的な何かの捜索方法を持っている、ということになる。そう、いかなる可能性も否定できない。

 俺たちはそういう世界に生きているからだ。


 だとしたら、ここを逃げ出したとしても、いずれは捕まる、ということになる。

 だが。

 それと、ヤツらは俺たち、いや麻耶を狙っているという事実が重要だ。

 そう、俺という存在がわかっていれば、当然ここで仕掛けるわけがない。


 麻耶を何かしらの超常的な方法で探して、ここにたどり着いたのだ。

 と、いうことは藤倉さんが捕まった? 

 それとも。

 もともと、麻耶が標的だった可能性もある。


「出るぞ」

「敵? あれが放火魔? でも神父さんだよ」

「放火魔かどうかはわからん。が、こっちを狙っている。麻耶を保護しに来た可能性も考えたが……、だとしたら、あんな風に監視する意味はない」

「……。涼真さん……、大丈夫?」

「日本のお坊さんをなめてはいけない」

 そう言って、笑みを見せる。

「わかった。信じる」

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