第4話

「ライブがあったんだ。あたしのバンドの」

「ライブ?」

 イマイチ、入り口がつかめないが、そこには触れずに話を聞く。

「そう、ネガティヴ・シュガーっていうあたしたちのバンド。私はギターとボーカルやってる」

 バンド、ね。まあそういう風には見える。

「で、ライブ終わって、帰ろうってときに親父からチャットが来たんだ」

「朝見せてもらったチャットだね」

「そう。何がなんだか、わからなくて、あたしはとりあえずギターとかもライブハウスに置きっぱなしにして、バイクで走ったんだ」


 麻耶は、そのタイミングで言葉を切った。


「そうしたら、家が……、教会が燃えていた」

「燃えていた?」

「消防車とかがガンガン来てて、大騒ぎになっていた。父さんに家が燃えてるってメッセージしたら、とにかく逃げろって。誰とも連絡を取らずに、ここへ行けって。友達にも学校にも、何も伝えるなって。あたしは怖くなって、そのまま走ってきたの。ここへ」

「懸命だな」

「ねえ、何で家が燃えてたの? 教会が燃えてたの? 父さんもあれから連絡はくれないの。どうすればいいの? あたしは」

「まず、家が燃えたこと。そして、親父さんはその事実を認識して、逃げろといった」

「……」

 俺は確認のために、事実を告げた。


「何かのトラブルに巻き込まれたんだろう。それも相当大きな。教会に火をつけるんだ。危ないヤツなのか、ヤツらなのか」


「最近、親父さん、何かやってたことはなかったか? 困りごとの相談を受けていたとか」

「わかんない」

「ヤクザ屋さんとかのトラブルに巻き込まれたか。ただの困りごとにしちゃ、ちょっと大胆すぎるよな」


 実は、藤倉進は、俺の同業だ。

「機関」のエージェントとして、いろいろと動いていた。

 もちろん、娘には、そんなこと話していないだろう。


 実際、俺たちの仕事は、恨みも買う。

 町のヤクザ屋さんとかだけでなく、政府機関や対立組織、それこそ「結社」や「教会」なんて連中も存在する。

 そんなとき、家族の存在は、アキレス腱にもなる。


 だからこそ、家族を持っている人間ってのは少ないんだが……。

 いや、そもそも娘がいるなんてのも初耳だった。


 まあ、この娘には、ヤクザが絡んだ危険な状況って話にしておくのがいいだろう。

 下手に首を突っ込まれても厄介だ。


「君は俺が守ってやる。親父さんが迎えに来るまで、ここにいろ」

「ここは大丈夫なの?」

「ああ。さすがに、ここまで追っかけてくるやつはいないだろ」

「うん……」

「少なくとも一週間はここに潜んでいろ。携帯貸して」

「え?」

「友達から連絡来たら、出てしまうだろ」

「いや、出ないよ」

「無理だな。本気で心配している友達の言葉を見たら、返信してしまうのが人情だ」

「無事だって伝えるくらいなら……」

「相手がヤクザだったりしたら、繋がりがあるとバレる方が危険だ。友達にとってもね」

「……」


 しばらくして、麻耶は携帯を差し出した。

 俺は電源を切って、念のため、SIMカードを抜く。


「徹夜で走ってきたんだろ。一旦寝るといい。シャワーで一汗流して。昼過ぎに着替えとか買いに、ふもとへ降りる。それまではこれを着ていろ」


 俺は用意しておいた作務衣を取り出した。


「え……」

「ダサいもので、すまんな。年に数回、檀家の人たちが手伝ってくれるんで、その時のために用意してあるものだ。ちゃんと女性用のものだ。安心して着ろ」


「気を使ってくれたんだね。ありがと」

「あと、これを渡しておく」


 そして、携帯を一つ。

 ソニーの汎用機。


「俺の電話番号が入ってる。何かあったときのために持っていろ。悪いがそれ以外への連絡は控えてもらう」

「ありがと。ホント、いろいろ気を使ってくれるんだね。ホントにただのクルマ友達?」

「藤倉さんは、俺の師匠みたいなもんだ」

「師匠? お寺のお坊さんが?」

 まあ、教会の神父と寺の坊主が仲いいって言われても困るわな。


「ちょっとやんちゃしていた時期があってね。助けてもらったことがある。クルマの趣味を教えてもらったのも、藤倉さんなので、そっちの師匠でもある」

「そうなんだ。意外。お父さん、何かいろいろ隠れて、こそこそやってるもんね」


 こそこそ。

 まあ、家族から見れば、こそこそだよなあ。


「あ、洗い物は俺がやっておくんで、シャワー浴びてこい」

「うん。ありがと」

「タオルは脱衣所のケースの中にあるから、適当に使ってくれ」

「わかった」


 麻耶は立ち上がって浴室へと向かった。

 俺は、テーブルの上の食器をまとめて、台所へ。


 そして、洗い物を始める前に、「機関」の情報センターに問い合わせを投げる。

「世田谷の西方十字教会の火事について」



 そして、台所で食器を洗いはじめた。

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