第3話

「あたしは藤倉麻耶。父さんにここへ行けって言われたの」

ヘルメットで、思いきり俺をぶん殴ってきた少女は、改めて自己紹介をしてきた。

そして、麻耶は自分のスマホの画面を見せてくる。

チャットの会話の中で、ここのマップが示されていた。

そして。『ここでしばらく匿ってもらってくれ』と。


「藤倉……。ひょっとして西方十字教会の進さんのところの子か」

「うん。それ、私の父さん」


心の底から似てなくてよかったな、などと思いつつも、決して口には出さない。


「俺は涼真。名前みたいだが、涼真で苗字な。名は空。青いそらの空だ。この寺の住職をしている」

「うん」

「まずはバイクを移動してもらおう。あの白い車の後ろについてこれるか」

「うん」


散々な初対面の後、俺たちはレクサスとレブルを裏道経由で、庫裏の前へと移動させた。

レクサスは、庫裏の玄関の前だが、レブルはそのまま車庫へしまう。


車庫のシャッターを開けると麻耶は声をあげた。

車庫は空っぽなんかではなく、69年式のシボレーカマロの隣に二台のバイクが並んでいた。82年式の初期型ヤマハRZ250に89年式スズキGSX-R750RK。

そして、工具とパーツも雑然と積まれている。

とりあえず、GSX-R750RKの隣にレブルを並べた。


「涼真さんって、うちの父さんのクルマ仲間? こんな古いアメ車乗ってるってことは」

ああ、たしかに。あの人も乗ってたっけ。

「そうだよ。藤倉さんにはヒストリックカーの集会で出会った。あの人のクルマは66年式のシェルビーGT350。俺のはシボレーカマロだけどね」


まあ、嘘じゃない。


ガレージのシャッターを閉め、俺たちは庫裏へと入る。

寺というのは、大きく仏様のための場所と人のための場所とに分けられる。

庫裏とは、人が生活するための場所。

まあ、俺の家にあたる部分だ。


畳み敷きの和室が三部屋と板張りの台所とつながっている居間にあたる和室。それと、玄関の脇にある寺務所。水回りとかは、俺がここの住職になったときに、いろいろリフォームを入れているので、さほど不自由はないはずだ。


「しばらく、ここで待っててくれ。朝のお勤めがあってな。一時間ほどで終わる。腹が減っていたら、冷蔵庫の中のものを適当に食べてもらっていい。一応、お勤めが終わったら朝食だ。適当に用意する予定だ」

「うん」

「じゃあ、くつろいでてくれ」


俺は本堂の掃除を皮切りに朝の勤行をはじめる。


そして、一通り終わり、庫裏に戻った俺を出迎えたのは、食卓に並べられた朝食だった。

こちらを背にして、洗い物をしている麻耶が声をかけてきた。


「あ、勝手に用意したよ。何か食べられないものとか、あった?」

「いいや、大丈夫だ。ありがとう」


ハムエッグに味噌汁。そこにほうれんそうのおひたしが添えられていた。

あとは納豆にごはん。

それも炊き立てだ。


「俺の茶碗、よくわかったな」

「それだけ、洗い場にあったからね。他は適当に使ったよ。よかった?」

「ああ、かまわん」


口の聞き方とか、服装で少し偏見を持ってしまったが、なかなかにいい子なのではないか。

うん。我ながら単純。


麻耶は台所にかけてあったタオルで手をふき、食卓へとついた。

俺と向かい合う形だ。


二人、手を合わせて「いただきます」と一礼。


まず味噌汁から手をつける。

実は油揚げとねぎ。


味噌は冷蔵庫にあった地のものだが……。

俺が作るより美味いな……。


一通り平らげると、麻耶も食事を終えて、お茶を飲んでいる。

俺も一口、お茶を飲みながら、頃合いと見て話しかけた。


「何があった?」

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