第二節『笑って』②
頼まれていたノートを理科準備室に運び終え、創は琴音を連れて近くのファストフード店まで来ていた。
自販機のところに備え付けられたベンチなどでも良かったのだが、外よりは屋内に入った方がいいだろうという、そんな理由だ。
「――。」
「っ……」
――気まずい。
如何せん、進んで話したい内容でもない。それでも、相手にはそれを知る権利があると感じたから話すことにしたのだが、いざ話そうと改まって場を用意すると、変に気まずくなってしまう。
が、問題なのは琴音の方も気まずそうにしていることだった。
――自分から話を聞いてきた癖に、なんでそっちまで気まずそうにするんだよ
聞いた側くらいはせめて堂々としていて欲しいものだが、俯きがちに目を逸らして店内にきょろきょろと眼を泳がせている。目を逸らしたいのはこちらの方だ。
「えっと…」
琴音が何かを言い出そうとして、言葉が見つからなかったのか黙ってしまった。気まずいのは痛いほど分かったから、変に話そうとしないで欲しい。余計に気まずくなる。
まぁ、いつまでも気まずい空気を流して黙りこくっている訳にもいかないので、こちらから話し出すとしよう。
「琴音さん」
「んっ、あ、何?」
あがり症なのか君は。驚き過ぎだ。
「えっと、前の学校での話だよね」
「あ、うんっ。そうそう!」
ようやく本題を思い出したのか、普段通りの調子に戻っていた。
「確認なんだけど。琴音さんは、
あまりにも単刀直入で、これからの会話の目的も分かりやすすぎるくらいだが、言葉を濁しても仕方がない。
「うん。詩音は私のお姉ちゃん。双子だから同い年だけどね。」
やはり。と言うべきか。今こうして改めて見ても、詩音に似すぎている。顔立ちや背格好もそうだが、何より仕草や話し方、性格なんか。まるで生き写しのようにそっくりだ。違う所と言えば、髪型と服装くらいのものだ。
「同じ学校に居たから、知っているかもしれないけど、詩音はつい二か月前――」
と、琴音は言い淀んだ。話しつつ、琴音の表情がみるみる暗くなっていくのが見て取れた。だが、言葉を挟むことはせず、彼女が言葉を続けるのを待った。
「――亡くなったの」
無慈悲な現実を口にした琴音の瞳は、滲み出た涙に濡れ、揺れていた。
勿論、知っていた。痛い程、身に染みていた。彼女の死は、創や、親友の運命を大きく変えた要因そのものなのだから。
「なんでもいいの。ただ、私は詩音が亡くなった理由が知りたいの。思い返せば私、詩音のこと何も知らなかった。大好きだったのに、何にも力になれなかった……。
何が報いになるかは分かんないけど――それでも、私たち家族に何も言ってくれず、突然死んじゃった詩音のこと、ちゃんと知りたいって思うから。詩音のこと、少しでも知ってる事があるなら、教えて欲しい。」
そう語る琴音の頬には、いつの間にか雫が伝っていた。双子の姉を喪いながら、琴音はその理由も、姉の身になにがあったのかも分からぬままにこれまで過ごしていたのだ。孤独、寂寞、悲哀、悔悟、そして自分の無力を憎む憤怒を抱えて、それをぶつける先もなく抑え込んできたのだ。いくら創が現実から目を背けていたとはいえ、それでも姉を喪った本人がいることなど悟れぬほどに、周囲に心配をかけないよう気丈に振る舞ってきたのだ。
その辛苦は、きっと創とは比べ物にならないものだったろう。創には頼れる先輩がいた。感情をぶつける先があった。そして逃げる道があった。だけれど、琴音は頼られる存在で、頼れる相手もおらず、感情をぶつけることなどできず、家に帰れば詩音との思い出が厭でも蘇る。逃げ場なんてなかった。
名を呼んだ時に見せた狂喜は、壊れかけた心から零れ落ちた物だったのだろう。姉に繋がる手掛かりが、確かな物となったことに対する、あまりにも純粋な喜びだったのだろう。
それほどの苦しみを味わった少女の、ただ姉のことを知りたいという願いに、どうして嘘がつけよう。どうして誤魔化すことなんてできよう。
きっと現実離れした話になるだろうが、一から語らないといけない。それで琴音の悲しみに、少しでも決着がつくなら。
「少しなんてことはない。よく知ってるよ。友達だったし、親友の恋人だったから」
それを聞いた琴音は、驚いたように目を見開いた。知り合い程度だとは思っていただろうが、まさかそれなりに深い関わりがあるとは察していなかったのだろう。
「嘘みたいな話で、信じられないかもしれないけど、どうか最後まで聞いてほしい。俺が――俺たちが視て、聴いて、触れて、体感したこと。」
腹をくくったという顔で、琴音は頷いた。
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