暗黒世界

気づけば闇の中に一人立たされていた。ここはどこだ?俺は死んだのか?こういう状況のテンプレのようなことを一通り考えたあと、ただ立っていても仕方ないと探索してみることにした。

別に今まで信じていたわけでもないが、天国とか地獄とかはないのだろうか。お花畑でも地獄の釜でもいいから、何かあれば少しは心安らぐ。ここには本当にしかない。

どのくらい進んだだろう。もう自分が来た場所どころか、前も後ろもわからない。今更ながら、おとなしくしていた方がよかったのだろうか。迷子になったら下手に動かない方がいいと聞いた気がする。……これは迷子という次元をいささか超えている気もするが。

とはいえ、何を考えたところで後の祭り。何も変わらない。


と思ったが、ついさっきまで何もなかったと思われる場所に自分と闇以外の存在を発見した。


少年。


ぼやっと光っているその姿をごく自然に受け入れて、ゆっくり近づこうとすると、


「お兄ちゃん、ごめんなさい、僕のせいで」


聞いたことのない声だったが、目の前の少年の口から発せられたようだ。

それを聞くと同時に俺は近づくのをやめた。単純に、近づかないほうがよさそうだと思ったのだ。




少年の口から黒くて、ぬるっとしていて、てかてかした何かが、少年の声帯の震えと同時に吐き出されている。


びしゃびしゃと音を立てて落ちていくそれはしぶきをあげつつ、周りの黒に溶け込んでいく。少年の頬に黒がはねた。


「確かに僕はお兄ちゃんの前で飛び出したけど、お兄ちゃんを殺そうとしたわけじゃないんだよ。これだけは信じて」


びしゃびしゃ。


敵意はないと言いたいのか、仄白ほのじろい顔に不器用そうな微笑が浮かんでいる。


びしゃびしゃ。


わずかに開いている口からは絶えず黒い何かがこぼれだしている。

これだけ広い空間なのに水音は全く響かない。この世界の音は俺と少年の間にだけ存在しているようだ。


「ねえ、信じてくれる?」

黒いものがぴしゃっと俺の足にまではねてきた。ぬるい。

このままあの少年がしゃべり続けたら、この空間はあので満ちるのだろうか。

そうなったら、どうなるのだろう。

少年は不安げにこちらの様子をうかがっている。


「信じるよ」


「ほんと?ありがとう!」

びしゃびしゃ。


少年は満面の笑みをうかべている。より一層口が開いた。

ああ、なんか足元がひたひたしてきた気がする。


「じゃあ、もう帰った方がいいね!」

びしゃびしゃ。


「それは……生き返るってこと?」


「うーん。お兄ちゃんは死んだわけじゃないから、どうなんだろう。まあ、ざっくり言えばそうなるのかな?」

びしゃびしゃ。ばしゃっ。


「そっか。君は……いや、なんでもない。帰るにはどうすればいい?」


「もう一度目をつぶっていれば帰れるよ!じゃあ、気を付けてね」

びしゃ。


「ありがとう」


すでに足首あたりまで水位?が上がってきていた。そのぬるさを感じながらゆっくり目を瞑る。


「ううん。お礼を言うのは僕の方!お兄ちゃん、ありがとう!」


びしゃり、という音とともに顔にわずかな生ぬるさを感じた。

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