暗中模索

あれこれ話しかけたり、辛抱強く待ってみたりしたが、目の前の少年は一言も話さない。かといって、ここまで来て「じゃあさようなら」というわけにもいかない。

このままではどうしようもないし、この様子では長くなるかもしれない。とりあえず自販機で飲み物でも……と財布を出すと、一緒に入れていたスマホが飛び出し、カシャン、と軽い音がする。これは……割れたかもしれない。

覚悟をしつつそろそろと身をかがめると、それより先に目の前の少年がさっとスマホを拾い上げた。

「ごめんね、ありがとう……」

と手を差し出すが、少年はスマホの画面を見つめたままだ。どうやら、さっきの衝撃で電源がついたらしいが、やはり割れているんだろうか。画面に目が釘付けだ。のぞき込んでみると、幸い画面は無事だった。この子が見ているのはロック画面のようだ。

「それは……俺の実家で飼ってる猫だよ。家族は景虎かげとらって呼んでる」

我が家はみな猫好きで、景虎を非常に可愛がっている。俺も例外ではなく、その影響は今や俺の家具や持ち物にまで及んでいる。


記憶の中の景虎を愛でていると、少年はばっとスマホを突き付けてきた。急な勢いに驚いたがこれはチャンスかもしれない。当てずっぽうでも口を開いた方がいいだろう。


「猫……が好き?」

うなずく少年。もう一押しといったところか。


「猫を探していたの?」

「……!」


この反応を見るに正解か……?意外なところから解決の糸口が見えたようだ。続けて問いかける。


「飼い猫が逃げちゃったとか……?」

「…………」

これはどうも違ったらしい。


「猫を探して遊んでたの?それなら、あまり遅くならないうちに帰った方がいいよ。」

遊んでいただけなら、俺にも予定があるのでこれ以上は付き合ってあげられない。引き留められることもなく、特に目立った反応もないので、気にしつつもその場を去ることにした。

そして少年の横を通り過ぎようとしたとき。


ぐっ


わずかな抵抗を感じた。振り返ると少年が上目遣いでジャージを掴んでいる。

「ええと……どうしたの?」

「…………」

当然返事は返ってこない。この少年の相手は正直かなり神経を使う。


ぱっ


どうしたものか考えていると突然抵抗が消えた。少年は手を離している。

訳のわからないまま、再び歩き出す。後ろから足音がする。付いてきているのだろうか。

そのまま表の通りに出て歩いていくと、当初の目的地であるスーパーが見えてきた。


スーパーの前の信号を待っていると、後ろからわずかな衝撃を感じた。とはいえ、衝撃自体大したものではなく、一歩踏み出すだけにとどまる。

振り返ろうとする前に、視界の端を小さな影が飛び出していった。

その背中に思わず手を伸ばした。




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