其の拾壱

 それからどうなったかって。

 まあそう急くない、きちんと話すから。

 まず親分と竜之介がぶっ倒れた。

 気がぬけて、疲れがいっぺんに出たんだろう。

 みんなで戸板にのせて家ん中まで二人を引っぱりこんで、布団を何枚も重ねて、菊屋で買いつけた苦あい薬をたっぷり飲ませて、後はじいっと寝かしつけた。

 甲斐甲斐かいがいしかったのはお鈴ちゃんさ。

「本当に男ってのは莫迦なんだから。おとっつぁん、竜之介さん、こんなつまらない意地の張りあいは、これ一度っきりにしてくださいね。でないと、こっちの体がもたないわ」

 気つけがわりにずっと小言を聞かせるもんだから、三日四日経ってようやく粥を口にできたころには、どっちもお鈴ちゃんに頭があがらなくなっちまってた。

 雀よりの噂好きの女房どもが、時々お鈴ちゃんを取りかこんでは話をねだったが、

「ふせてるばっかり。子供みたい。手がかかるったらありゃしない」

 女房気取りで、言ったそうだぜ。

「お鈴ちゃん、あんた竜之介さんにつっかえ棒投げるとき」

「そうそう、あの人のことを、お前さん、だなんて、ちょいと気が早いんじゃないかい」

 からかわれたお鈴ちゃんがめずらしく、あ、なんておきゃんな声をあげた。

「そんなの、知らないわ」

 赤ぁくなってすねっちまった。

 しばらくはみんなにはやしたてられるだろうぜ、夫婦初々しいうちは、そんなもんだ。

 やっと二人ともぴんしゃんし始めたころには、そろそろ師走かって時節になってた。

 二人ならんで寝てる間に、竜之介は大工として親分に弟子入り決めちまってた。

 辰政って名前にも竜之介って名前にも、よく見りゃ龍って言葉が有らあな、きっと二人は前世でも親子だったにちげえねえって、今じゃ長屋のわらい話さ。

 そうそう、辰政にならって火消しの仕事もするそうだぜ。

 お江戸を守るためとはいえ、命がけの仕事だ、お鈴ちゃんまだまだ気を揉むだろうな。

 ま、そいつもまた女房のつとめってもんよ。

 で、そのお鈴ちゃんと竜之介だ。

 これ以上引き伸ばせば、祝言なんていつ挙げられるかわからねえ、親分あっちこっちに手を回して今日吉日、ようやっと式にこぎつけたって次第よ。

 これで二人は目出度めでたく夫婦とあいなったってわけだ。

 どうだい、いい話だろう。

 で、あんたたち、もしかしてと思うんだが、竜之介の親父殿とそのご長男じゃあねえのかい。

 おもかげがあるし、旅装束だがしゃきしゃきした足はこび見りゃあ、お武家様だってすぐにわからあな。

 それにいい男っぷりのそんな二人が、あんな辻っぽにただつっ立ってこっち見てるなんて、そりゃ誰だって妙に思うさ。

 いやいや、腹あさぐるなんてしたくねえから、返事はいらねえんだ。

 おいらなんてただのつまらねえ貧乏長屋の町人よ、そいつが莫迦な勘ぐりをしただけ。

 無論そんなことあろうはずがねえし、酒の席で口がつるっとすべっても、誰も信じやしねえ。

 ただよう、ただ、ちょっとだけ竜之介の顔見てやってくれねえかなあと思ってよ。

 お宅様だって、心配したからこそ、そっとのぞきに来たんだろう。

 まあ勘当しちまった手前、祝いにくるってのは、ほんとうはよくねえ事なのかもしれねえけどもよ。

 いやいやこいつはとんだ下衆の勘ぐりだ、どうか気にしねえでくれ、そんなことありはしねえよ、わかってらあ。

 だけど、なんならこの長屋自慢のお鈴ちゃんの打掛姿だけでも、一目見てやっておくんなせえ、

 酒の席のちょいとしたつまみにもなりましょうや。

 おっとその酒が切れちまってた。

 あいすまねえ、また一本つけてくる。

 毎度またせてすまねえが、あつめのかんにするから、ちいと時間がかかるぜ。

 そうそう、そっちの開き戸から回れば、裏庭に出れらあ。

 そっからならこっそりと新郎新婦の顔を見てやれる。

 縁日えんにち見物みものていどの気持ちで行ってみりゃあどうだい。

 なにせこんなにいい結婚式は、死ぬまでお目にかかれねえんだから。



    おしまい

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辰と竜のがまんくらべ ハシバミの花 @kaaki_iro

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