其の捌
乞食は飯ごとにやってきた。
およねだか何だかいう名で、いつもは
夏の雨やここのところの寒さで、食い物がろくにいきわたらねえってんで、坊主や巫女について川下に流れここいらの長屋をうろつくようになった。
「どうぞ」
竜之介が優しく言ってやると、飯をかっぱいでさっとどっかに逃げやがる。
礼の一つもありゃしねえ。
哀れなもんさ。
だが乞食女なんてまだいい。
もっとよろしくねえ奴がやってきた。
あれは、二日目の日暮れごろさ。
いやあな声が聞こえた。
「いよう。久しぶりじゃねえか」
蛇みてえな目えしたあの男、そう、馬太郎の下衆野郎だ。
それも一人じゃねえ、もう三人ばっかし仲間をつれていやがる。
どいつもまあ、面相の悪いこと悪いこと、
中にはまくりあげた袖に筋ありの、
「どうしたんだい、お侍さんがそんな格好でこんなきたねえ
「おめえさんの話あ聞いてるぜ」
「何でも嫁ごほしさに土下座の
まわりを取りかこんで、品のねえ声を浴あびせやがる。
だが竜之介は正座をくずさず、涼しい顔のままだ。
「女ぐれえ力ずくで物にしやがれってんだ」
「大方そんな度胸もねえんだろうぜ」
「おい、なにか言ってみろ」
いらだったやつらは、竜之介をこづきだした。ちょいとひねってやれば奴らも思いしるってのに、竜之介はそこにじっと座ったまま。
「どうしたどうした。この間の
「俺たちが怖くて何もできねえか。そうなんだろう」
やつらの手つきはだんだん荒っぽくなる。
ほおっぺたをかるく打ってたのが、しまいには
抵抗できねえとみて図にのりやがるんだから、心底くさった野郎さ。
事情があっても、そんなやつらにされるがままになってる竜之介もどうかと思ったが、体の芯がしっかりしてるもんで、
むきになればなるほど、竜之介の涼しい顔ばっかりが冴えちまう。
それにしたってよ、このおいらがその場にいりゃあ、こんな無体もゆるさねえんだが、丁度その時うちのあの尻のでっかいのと揉めてて家をおん出されてて、本当だぜ。
「ちょいとおよしよあんたたち。その人にひどいことしたら、
しつこく小づきまわす馬太郎たちにたまりかね、お鈴ちゃんがでてきた。
手につっかえ棒を持ってそいつをふりあげる。
「おいその棒っきれでどうする気だい」
「まさか尻でも打とうってんじゃないだろうな」
「こりゃあいい。さぞかしいい音がするだろうぜ」
お鈴ちゃんが歯がみしていたら、馬太郎の手がさっと動き、棒を持っていた手をひねりあげた。
「痛い。はなして」
「威勢がいいじゃねえかお鈴。そいつがどこまでもつか、ためしてやろう」
下衆めらが笑いやがったその時さ。
「その手をはなせ、下郎」
座ったまま、竜之介の目が初めて開いた。
腹のすわった声で、辰政親分にも負けねえ迫力だったそうだぜ。
馬太郎はうろたえ、
「へ、そんな青くせえ女、こっちからねがいさげだ」
お安い
お鈴ちゃんは竜之介にすがりつき、
「竜之介さん、あたし、竜之介さんを信じているから。だからがんばって」
冷え切った体を少しでもあっためてやりてえってえ想いだろうな、しばらく竜之介の体をじっと抱きよせ、それから涙をこらえて家にはいってった。
となりの
「おとっつぁん。あたし、竜之介さんといっしょになれなければ、墨田の水に身を投げます」
涙ながらにうったえかけられた辰政親分だが、こっちはへの字口のまんま、
「俺も町人ならあいつも町人、こいつぁ江戸っ子同士の意地の張りあいだ。女が口をさしはさむんじゃねえ」
むっつりと言いやがったとよ。
へへ、まったく素直じゃねえや。
いつの間にか親分も、竜之介を江戸っ子だってみとめてやがるんだ。
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