其の参
まあなんちゅうか
だけどそんななあ
そもそも苗字も扶持もつぐものがねえこんな長屋の町人に、入り婿なんてものはねえがよ。
「本日はこれにて失礼します」
この日は様子うかがいだけってんで、ご子息、いやどうもしっくりこねえな、竜之介はひとつ挨拶をして帰っていったのさ。
戸口の前につめてた見物人にも
「あたし、竜之介様をおくってきます」
「よしな。いい年の娘っ子が、男と歩いてる所ぉ見られたなんて
きびしい調子でなごりおしそうなお鈴ちゃんを止めたんだが、こっちはいい考えだと思ったね。
親分のいう通りさ。
こんな
二人がいっしょにいる所を見た奴は、大喜びでよくない話をこさえちまうだろうぜ。
で、お鈴ちゃんが背中を見つめる中、竜之介は一度もふりかえらず、しゃきしゃきと歩き去ったってわけだ。
おい、つまみはまだか。まったくあの
お待たせ、どうだいこの
見事な色だろう?
そそる
小うるさい女房どもに見つからねえよう
かるうくあぶったこいつの薄切りを、諸白とこうきゅっとやると、かあ、極楽だねえ。
さあさあ遠慮しないで旦那さん方もつまみなせえ。
あいててて、いやあ何でもねえ、今しがたかまどで女房に蹴っとばされた尻が、床几にさわっておかしな具合になっちまっただけよ。
で、どこまで話したっけな。
おおそうそう、竜之介が最初にここんちに来た時までだったねえ。
で、いったんは引きさがった
なにしにって、そりゃあ決まってる。
昨日とおんなじ、頭をこう深あくさげて、娘さんとの結婚をみとめてくださいってな。
日をあらためたからって横のもんが縦にはならねえ、隅田川が御天道さんからこう真っ直ぐ流れ落ちちまったら、八百八町が水びたしにならあ。
だから辰政親分も相変わらずかちかちにかてえまんま。
前の日と大体おんなじやり取りして、おんなじように帰っていったさ。
こう、しゃきしゃきとな。
これで話が終わるはずがない。
あたぼうだ。終わってたらおいらたちがこんなところで昼酒かっ食らってるわけがねえ。
そう、次の日も来やがったのさ。
次の次の日も、その更に次の日も。
「そんなの当たり前よ、これしきであきらめる竜之介さんじゃないわ。だってあたしが心からほれたお人だもの」
お鈴ちゃんの言うにゃあ、竜之介って野郎も親分に負けず劣らずの頑固者で、まるで鍵をかけたこの
そんなだから、平気な顔してまいんちまいんちたずねて来やがるのさ。
そのころになると、女どもがお鈴ちゃんを取りかこんでいろいろ聞きだしたってんで、竜之介の人となりやら二人の
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