第四章 約束 ④
好の指導のもと一通り勉強が終わり、ご飯も食べ終えた。
女子ーズと小笠原はお目当てのパスタが食べることができて満足そうだ。優弥もなにかしら食べてはいたのだが、もう思い出せない。
久しぶりのような感覚で魁斗は視線をテーブル席の方に向けた。
遠く離れたところで会話している累と友作の姿が見える。そして、さっきとはまた違う雰囲気に気がついた。
累はどもりもせず、焦りもせず、少し慣れた様子で友作の顔を見返して話をしていた。友作も楽しげにくしゃっと笑顔を弾けさせる。何年も前からずっと親しかった仲だったように二人は自然と会話を続けている。
いつの間に……。
「――ねぇ、魁斗くん……魁斗くんってば!」
突然、目の前から声が聞こえて前を向く。好が空気を溜めた膨れ
「聞いてた?」
なにかを尋ねられる。
しかし、なにも聞いていなかったので、すぐに返事。
「聞いてませんでした」
真顔で答える。
「もうっ!」と、好がもう一度頬を膨らませる。ハムスターみたいにほっぺたがパンパンになった。
「暗くなったし、もうそろそろお開きにしようかなって思ってるから、あの二人を呼んできてって言ったの!」
好はテーブル席に座っている二人のことを指差しながら、そう告げる。
「あっ……はい。了解です」
好の指示のもと魁斗は席を立ち上がると、二人のもとへ近づいていく。
距離が近くなると、いち早く累がこちらに気づいて振り向いた。目と目が合う。一瞬だったのか、数秒経ったのか、わからないがまじまじとその目を見返してしまった。
「魁斗?」
「ん?」
声をかけてきたのは目を合わせていた累ではなく、友作。
「どうした?」
「え? ああ、えーと……もうそろそろお開きにしないかって……このちゃんが」
好に言われたことを伝言。すると友作は手首に目線を落とした。
「ああ、ほんとだ。もうこんな時間か。うん、今日はこのくらいにして帰ろう」
どうやら腕時計を見て時刻を確認したらしい。
友作は伝票とスクールバックを持って席を立とうとする。そんな友作の姿を眺めながら魁斗の口が勝手に動き始める。
「あの……どうだった?」
自分でも意図していない質問が唐突に口から発された。
おれは、いきなりなにを聞いてるんだろう……?
自分に対して困惑する。
「どうだったって……あっ、累ちゃん? 累ちゃんは平気だよ。テストはたぶん大丈夫」
友作が自信を持って言う。
それに乗っかるように累が口を挟んできた。
「わたし、アホの子じゃないから」
腰に手を添えて自信満々げに胸を張る。一瞬、累の方を見るも、なんとなく言葉が出ない。すると、友作が付け足すように言葉を繋ぐ。
「累ちゃんさ、この前の中間テストの時はなんかいろいろと大変だったらしくて。その月は授業に集中できなかったんだって。見逃したところを教えてあげたら、あとはひとりでまったく問題はなかった」
「わたし、魁斗みたいな本当のアホじゃないもん」
いつも通りに累が軽口をぶつけてくる。だけど、
「そっか」
思ったよりも素っ気なく返してしまった。
思考がなぜか正常に働かず、軽口がうまく返せない。
あれ……? と、累が目をぱちぱちと瞬かせる。首を傾げ、不思議そうに、
「魁斗?」
名前を呼んでくる。
「あっ、えっと……ほら、みんな待ってるから早く行こうぜ」
「……うん」
誤魔化すようにそう言うと二人が席を立つ。
ようやく好たちのもとへ戻っていった。
※※※
全員割り勘にしてお会計を済ませ、それぞれが帰路にたった。
辺りはすっかり夜の静寂に包まれている。街灯の照らすアスファルトの道。魁斗は累と一緒に歩いて帰っていた。
まだ外の空気は凍りつくように冷たい。だが、そんなに雪は降り積もってはいなかった。ところどころのアスファルトが透ける積雪はせいぜい一センチ程度。靴で踏めばすぐに溶ける。降りてくる雪にも勢いはなく、灰のようにふわっと舞いながらちらちらと降っている程度だった。
魁斗は舞い踊っている空の雪に目を凝らす。口を閉ざして、ただ歩く。
「ねぇ……なんか、あんた変じゃない?」
隣を歩く累が尋ねてくる。
魁斗は空を見上げるのをやめて、隣に振り返った。
いつもの顔。見慣れた顔。そこには、自分の知っている亜里累が居る。
「……べつに変じゃないよ。勉強で疲れただけ」
何気ない素振りで返すが、累は眉をひそめて、首を捻り、じーっと顔を覗き込む。
「ほんと?」
「ほんと」
「……なら、いいんだけど」
覗き込んでいた顔を引っ込め、累は前を見る。
魁斗は前を向き直した累の、その横顔を見つめる。
真っすぐに前を向く累の瞳は雪が乱反射するほど澄み渡っていた。
累は前に向かって歩き出している。なりたい自分を目指して、頑張って足を踏み出している。とても立派で……とても素晴らしいことだ。
だけど……それが、なんだか累に置いて行かれるように感じる。
それに友作とも……。
自然と顔を地面へ伏せる。
あんなに楽しげに……あんなに笑い合って……自然な感じで話せるなんて……。
顔を上げて、もう一度横を向く。
妙に大人びて見える累の横顔を見ながら、魁斗は口を開く。
「なんかさ……」
「え?」
累がこちらに顔を振り向かせる。
「あ、いや……」
言いかけて、口を閉じる。
自分はいったい何が言いたいんだろう……?
模索するも、なにも見当たらず。なにもわからないまま、もう一度口を開いた。
「あのさ……なんの話をしてたんだ? 友作と」
累と目が合った。
さすがにいつも通りじゃない、と自分で気づくと、軽く咳ばらいをする。
いつもみたいに顔を綻ばせると、言葉を付け加える。
「いや、さ……お前がクラスメイトの男子と二人きりになっちゃったから、大丈夫かなって、ちょっと心配しただけ」
聞いて累も少し頬を綻ばせる。その笑みすらも、大人びて見える。
「なに? まだ心配してるの?」
累が体までこちらに向ける。そして、言葉に力を込めるように言った。
「大丈夫よ。ちゃんと人と向き合うって決めたから」
累の瞳が月の光のように輝く。見つめてくる眼差しが真っすぐに魁斗の瞳へと届いた。
「……」
すぐに返事ができなかった。素直に、こいつは凄いなと思った。
なおも輝いて見える綺麗な瞳が揺れ、
「……魁斗?」
やっぱりこいつ変じゃないか、と累が訝しげに見てくる。
「なんか……」
ようやく言葉を絞り出すも、か細い声になっている。言葉を発した魁斗に聞き耳を立てるように累が黙った。
声量が弱く、テンポも遅い自分の返答を静かに待ってくれている。そして数秒、間をおいてようやく声を振り絞った。
「……お前だけ、妙に成長しやがって」
聞いて累が呆れるように口を歪ました。目を眇めると片手に持っていたスクールバックをぶんっと振り回し、そのまま衝撃が背中にくる。その衝撃に耐えきれず、よろけてしまった。
「アホなの?」
「……お前の方が中間の追試は多かっただろ?」
よろけた体を両足で踏ん張りつつ返答。
「やっぱりバカ。ほんとアホ。本物だわ、こりゃ……しかも、追試は……色々あったでしょ。たまたまだし」
そう言うと累はスクールバックを持ち直して、スタスタと先を歩いていく。
「そう見えるのは、きっと……あんたのおかげだし」
足早に先を歩く累がなにかを呟くも、耳に届かなかった。
「なに? なんか……言った?」
もう一度、聞き直そうと急いでその背中に追いつくも、累が剣幕な顔で振り返る。
「あんたは本当にアホッ」
胸に指を突き付けられて、にっと微笑まれた。
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