第四章 約束 ①


 十二月も徐々に日が進んでいく。

 縁側から見える窓の外の景色は、白い粉雪が降り注がれている。

 まるで焼きあがったガトーショコラの仕上げに粉砂糖を振るいかけているようだ、と口元から出かかるよだれを吸いながら魁斗は思う。


 そんな景色を見つめながら、だんだんとその日が近づいてきているなと感じる。


「クリスマス、か……」


 無意識のうちに呟く。

 一年で一回。世間では一般的に一大イベントと認知されている。


 おれは今年のクリスマスはどんなふうに過ごすだろう……?


 去年はそんなことを考える余裕さえなかった。突然の別れがあり、悲しみに打ちひしがれて、大切なものを失った空洞を埋めるためにひたすら修行に明け暮れていた。


 一年のイベントなんて最初から無かったかのように日々は過ぎ去っていった。


 それでも、ぼんやりとだがこの家の人たちや友達が声をかけてくれたことを覚えている。話された内容はほとんど記憶がないけれど、ほのかに温められた感情は記憶ではなく胸の中に今でも残っている。


 窓の外を眺めながらこたつに入ると、こたつ布団を首まで持ち上げて、背中を丸め、すっぽりと温かい空間の中に体を入れ込んだ。


 クリスマスの前に、まずは期末テストか……。


 二学期があと少しで終わる。そのためには乗り越えなければならない壁がある。


 今回は追試が無いようにしないとな……。


 それが終われば、晴れてクリスマス。そして、冬休みを迎える。


「それにしてもこたつって、あったかいなぁ……」


 ぼやぼやと先のこと考えながらも、こたつの温かさについついじじ臭く独り言が漏れる。


 クスッと上品に笑う声が後ろから聞こえた。

 振り返ると、口許を手で隠しながら、ある人物がこちらに近づいてくる。


「魁斗さんって、やっぱりおじいちゃんみたいです」


 そう言って長い黒髪を揺らし、艶然と左喩が傍までやってきた。

 前髪を流すようにしてぱっちん留めタイプのヘアアクセサリーをつけており、丸くて狭いおでこが露わに。顔のパーツがはっきりと見え、どこか普段の左喩よりも幼く見える。それでも存分に清らかな美しさを醸し出し、こちらを悶えさせるたしかな魅力を放っている。


 目を細めてよく見たら白色の和花柄の髪留めだった。あれは以前に魁斗が修学旅行のお土産で左喩へ買ったものだ。


 気づいた魁斗は、すぐに口にする。


「あっそれ、使ってくれてるんですね」


 左喩はその言葉を待っていたかのように、にっこりと微笑みを浮かべると綺麗に弧を描いた唇を動かしていく。


「当然です。大事な、大事な、髪飾りなので……」


 いじらしく髪飾りを触りながら照れたように左喩が返事。

 その仕草を見て、なんだかこちらまで照れてしまいそうだった。


「大活躍ですよ。わたし髪が長いので勉強する時とか大助かりです」


「それはよかった」


「はい」


 目を線にするような微笑みを浮かべると左喩もこたつに入ろうと、向かい側に腰を下ろした。すると、なにかに気づいたようで左喩がこたつ布団を凝視。


「魁斗さんっ、こたつ布団取り過ぎですよ。こっちにちょっとしかありません」


 左喩は自分が腰を下ろした所にこたつ布団が少ししかないことをアピール。こたつ布団持ち上げて見せてくれる。


「えっ? あ、ほんとだ。これは失礼しました」


 魁斗は首まで引っ張り上げていたこたつ布団を下ろすと、向かいにいる左喩に引っ張ってもらい、互いの布団が均等になるくらいまで引っ張り合って調節。


「はい、いいですよー」


 左喩に応答をもらいながら、どうにか互いのテリトリーの布団が平等となる。


 あまり引っ張り過ぎないように気をつけないと……。


 同じ失敗を繰り返さぬよう、脳内で自分自身に注意喚起。

 そうして、ようやく落ち着くと左喩が窓の外を見ながら口を開く。


「今年は、けっこう雪が降りますね」


「そうですねぇ……真っ白です」


 魁斗は自分の発した言葉で、なぜか過去に見てしまった左喩の上下純白の下着姿を思い出してしまった。


 ボンキュッボンと脳内で勝手にビートが鳴り響く。


 頭の片隅に脳内保存をしていたのだが、まさかのタイミングで出てきたものだ。


「――魁斗さん」


「はっ! ……なんでしょう?」


「……なにを想像してるんですか?」


 左喩が目を細めてじーっとこちらを見てくる。なにか勘づいているような、そんな顔だ。


「べ、べつになにも……想像などしておりませんが」


 そう言い切るのだが、


「不潔です」


「……」


 なぜこの人は勘づくのだろう。


「だいたい魁斗さんはおかしいですよ。前々から気になっていたんですけど、わたしの部屋に入る時、ノックをしなさすぎです」


 唇を尖らせて指摘をしてくる。


 おそらく暁斗のことを尋ねる時におもむろに部屋の襖を開けて下着を見てしまった、あの時のことと……先月も累のことを尋ねに勢いよく襖を開けて左喩さんを大変驚かせてしまった。この二つのことを言っているのだろう。


「すいません……でも、先月以降は、もうないですよね? 今後は気をつけますので……」


「なに言ってるんですか!? まだ、ありますよ! 一昨日、『右攻を組手で追いつめましたぁ!』って嬉しそうに襖をドーンッ! って!」

 

 まだ、あったらしい。


 左喩は興奮冷めやらぬ様子で続ける。


「あのドーン! で、またわたし『はうわぁあっ!』って叫んじゃったじゃないですか!?」


 たしかに最近、左喩さんの口から『はうわぁあっ!』を聞いた。なぜ、あんな叫び方になってしまうんだろう……。


「あれ寿命が縮まるのでやめてください! せめて、ゆっくりと開けてください!」


「ゆっくりならいいんですか?」


「いいわけないでしょう!」


 こたつの天板に手をつき、左喩が身を乗り出してツッコんでくる。顔が近い。綺麗な眉毛が中央に寄せられている。


 左喩さんがツッコんでくるなんて、なかなかレアだ……。


 左喩の顔を見返しながら呑気にそう思う魁斗とは対照的に左喩は、はあはあ、と呼吸が乱れたように肩を上下させる。


「……ノックをしてください」


 一周まわってようやく答えがまとまり、するすると左喩は腰を下ろしていく。


「すいません。取り乱しました」


「いえ、こちらこそ。すいませんでした……」


 謝るもしかし、怒った左喩さんもやっぱり可愛いと思った。


 怒らせすぎたら、震えるぐらいに怖いけど……。

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