第三章 まさかのランデブー ⑤
翌日。
いつも通りに登校したら、教室の入り口付近で死にそうな顔をして優弥が突っ立っていた。
こちらに気がつくと、血走った目を向けてきて、ゾンビのような足取りでゆらゆらと上体を揺らしながら近づいてくる。
「魁斗くぅん……昨日は、紫と……いったい、なにを、してたのぉぉぉぉおおお!?」
目も口もがん開け、語尾で表情がムンクの叫びみたいになった。白目を剥きながらおどろおどろしい叫び声を上げて尋ねてくる。非常に恐ろしい。
「うっぎゃぁっ! こ、こえーよっ! 動きも顔も存在も全部っ!」
「存在まで……言わなくてもいいじゃない……」
優弥は小さくそう呟き、そのまま顔を俯かせた。
俯いたまま押し黙り、不安で押しつぶされそうになっている左胸をぎゅっと掴む。
「……」
魁斗も少しだけ黙る。
本気で胸が痛そうだった。
優弥が、心から『恋愛』をしているのがわかった。
魁斗は一つ息をつくと、口を開く。
「大丈夫だよ。優弥がなにを想像しているのかは知らないけど……たぶん、そういうのとは全く無縁のことだったから。心配するな。おれと紫ちゃんがそういったことには絶対にならないから」
紫のサプライズのためにも詳細までは伝えることができない。精一杯、優弥が安心するような声掛けをしたつもりなのだが、
「ほんとに……絶対? 紫は、あんなに可愛いし……優しいし……魅力的な女の子、なのに……?」
優弥の不安そうな表情は解けることなく、つらつらと
「いや、否定はしないけどっ! 怖いんだよ、お前の言動が! 大丈夫だから! おれは紫ちゃんに特別な想いは無いし、紫ちゃんにも一切無い!」
そのまま、優弥を押し戻す。
「……ほんとうに?」
「ほんとうだ」
「……ほんとうのほんとうに?」
「ほんとうのほんとうだ」
「……あんなに可愛いのに?」
「あんなに可愛くてもだ」
きっぱりと答えた。
それでも優弥は疑いの目を向けてくる。
「だったら……なんで紫は、魁斗くんと……」
小声でぶつぶつと囁き始める。
詳細までは言えない。だから、優弥が納得するであろう、あの言葉を伝えることにした。
「優弥……」
魁斗は優弥の肩を強く握りしめて。
力強い眼を向け、そして自信のある一言を告げた。
「おれは……シュークリームを毎日は食べられない」
※※※
その日の放課後は優弥と帰ることにした。
クリスマスについての話をしようと思ったのだ。
うまく聞き出せば、優弥の欲しい物がなにかわかるかもしれない。そうしたら、紫ちゃんの役に少しは立つだろう。
「優弥はさ、今年のクリスマスはどうするつもりなんだ?」
さりげない感じで聞いてみた。
少し悩むようにして優弥は考える素振り。やがて、口を開いていく。
「ぼくは……もう佐々宮の家には行けないからね……。今年は、紫のサンタクロースにはなれないかも……」
自嘲するように苦笑い。
数か月前に起こした謀反を悔いているようだった。瞳を揺らすと薄く唇を噛みしめる。
でもさ……と、魁斗は続けた。
「クリスマスって家族同士や友人同士……恋人同士でもプレゼントをあげたりするだろ? それで紫ちゃんにプレゼントをあげるって言うのはどう?」
よし、自然な会話の流れだ。この流れに乗って優弥の欲しいプレゼントについて何気なく聞き出していこう……。そう思っていたのだが、
「それはそうなんだけどさ……紫って、まだサンタを信じてるから、突然サンタからのプレゼントが来なくなったら、自分のこと……悪い子だって思ったりしないかな……?」
話がサンタクロースに戻る。
そうだった……。優弥は紫ちゃんが実はサンタクロースの正体を見破っていることに気づいていないんだ……。なんともややこしい。
「お、思わないんじゃない……?」
魁斗の返答に、優弥は眉を寄せて尋ねてくる。
「どうして? 純粋な子なら思うんじゃないの? 普通……」
それは、まぁ……紫ちゃんは純粋な子、なんだろうけどさ……。
「紫はたぶん思っちゃうんじゃないかな……サンタが来ないと、今年はいい子じゃなかったんだって……」
遠い空を見つめながら優弥がため息をつく。口から白くけぶる息が吐き出され、薄暮の空へと消えていく。立ち昇っていた白い息が消えると優弥が顔を振り向かせて、
「信じてる子のところには、やっぱりサンタクロースは来ないとね。……そうだ、魁斗くんにお願いしようかな……」
小さな声で呟きながら、期待する眼差しをこちらに向けてくる。
今にも、とんでもない要求をしようとしていた。
「まてまてまてまてまて!」
話の流れが想定外の方向へ進んでいる。
優弥はおそらくおれにサンタクロースをさせるつもりだ。
「優弥っ! お前っ! おれにサンタクロースをさせようとしてるだろ!?」
「うん、よかったら、おねが…」
優弥はにっこりと口許を綻ばせながらサンタクロースの代役を頼もうと言葉を続けようとする。だが、
「断る!!!!」
言葉を続けさせる前に、お断りした。
「えっ、どうして……?」
なにをそんなに驚いているのか、優弥は目を大きく開かせる。
この考え足らずめが……。
「いいか優弥……考えてもみろ。おれがひとりで佐々宮家に泊まれると思うか? 仮に泊まらせてもらえたとして、夜中に紫ちゃんの部屋に忍び込めっていうのか? こんなのバレた時には峰打ちではすまない」
魁斗の言葉を聞きながら頭で思い描いたようだ。「ああ……たしかに」と、優弥が声を漏らす。
「……今度こそ斬り刻まれるかもしれないね」
「だろ?」
じゃあどうすればいいんだ……と、優弥が頭を抱える。
そんなの決まっている……。
びしっと優弥の顔に人差し指を突きつける。
「お前が責任をもってサンタクロースをするしかないんだ!」
もうサンタクロースを押し付けられないためにも、きっぱり言う。
そして、あれ……? と、自分で言っててなんだか混乱してきた。
「どうやって?」
優弥は困ったような顔をしながら尋ねてくる。
電光石火の如く、魁斗は頭を働かせた。
「……お、おれがクリスマスに……事務所へ紫ちゃんを呼んでやるから、お前はサンタクロースに変装して、待っていればいい」
しかし、考えつくよりも先に口が動いていた。
本当は自分が呼ばなくても紫ちゃんはクリスマスの日にサプライズで事務所に足を運ぶ予定となっている。だから、二人は必ず会えるんだ。だが、事務所には優弥ではなく、なぜかサンタクロースが待っていることになる? 互いのサプライズ同士がぶつかり合うことになる、のか? ……どうなるんだ、これ?
「ほんとっ!?」
優弥が食い気味に確認してくる。
あっ……もう引き返せない。
「……うん、任せとけ」
自信なさげに胸を張る。だが、優弥と紫ちゃんのお互いの目的は一致している。これでいいのかもしれないと、無理やりに自分を納得させる。
ただ自分は仲介役には絶対に向かないと思い知った。軽く頭が混乱している。
混乱した頭で言い放ってしまった言葉を
「あっ……じゃあ、おれ、こっちだから。お家に帰るから……」
「うん、ありがとう! 魁斗くん!」
なにも知らない優弥が笑顔で手を振ってくる。
そんな優弥に引きつり笑顔で応えてみせて、魁斗は皆継家へと続く帰路に立つ。互いに分かれて足を進め、もう一度立ち止まって優弥の方に目を向けた。
弾むように優弥は事務所へと戻っていく。
あ、そういえば……と、頭を掻く。
優弥の欲しいもの聞くの忘れた……。
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