第一章 雪月 ③
しばし休憩を取りながら温かいお茶を飲み、暖を取ったら反省会をして、気を取り直して、もう一度外に遊びに出た。
庭に躍り出て、左喩に提案しようと人差し指を立て、振り返る。
「左喩さん、もっと平和的に遊びましょう。例えば……」
次の言葉を続けようとした時、凄まじい雪のつぶてが側頭部を襲う。ぶつかった衝撃で、魁斗は雪の上に転がった。
なにが起きたのかと顔を上げれば、
「はっーはっはっはっはっは!」
少年らしい笑い声がする。
その声の先には、魁斗が転がるざまを指差して笑う右攻がいた。
「てめぇ、右攻!」
叫んだと同時に、ばすんっ! と。
もう一発雪玉が顔面に直撃。雪玉は粉々に砕け、魁斗の顔周辺で舞い散っていく。
この野郎……絶対ゆるさねぇ。
足元の雪を手に取る。
ぎゅっ、と強く握って構える。ひゅるっと北風が通り過ぎた。
――直後、二人は同時に雪玉をぶん投げる。
魁斗の放った雪玉は見事に躱され、右攻が放った雪玉は容赦なく顔面にぶち当たった。
当てた張本人はげらげらと指差して笑う。
怒りが頂点に到達。
「てめぇ右攻! ほんと、もうゆるさねぇからなっ!」
そこからはまさしく合戦。
雪玉の応酬。
しかし、右攻は華麗に避けていく。それがまた腹が立ち、魁斗は何度顔面にぶち当てられようとも、絶対にやり返すという決意で超突進。右攻の顔面にぶつけようと雪玉を手に持って追いかける。
「わーはっはっはっはっはっはっは!」
右攻は心底楽しそうに高笑いしながら魁斗から逃げまくる。途中で雪を拾い、雪玉を作り、ひょいっと投げては魁斗の顔面にぶち当たる。だが、魁斗は止まらない。
「待て、こん畜生め!」
右攻を庭の隅へと追いつめると、大きく振りかぶって右攻の顔面に一発ぶち込んでやった。そして、
「はーっはっはっはっはっはっはっは!」
指を差して高笑いを返す。
「お前、このくそ野郎がっ!」
右攻は唸るように声を上げて雪玉をぶつけ返してくる。防御一切なしの雪玉の激しいぶつけ合いが開始された。
ばすんっ、ばすんっとぶつけ合いながら高笑いをし合っていると、
――ひゅん、と魁斗の右頬を掠りながらなにかが通過していった。
「……え?」
右頬の皮膚がぱっくりと裂け、ツーっと一筋の赤い血が滴る。
少し遠くで左喩がうんしょ、と言いながら雪玉を何個か作っているのが目に映る。
「雪合戦ですねっ、わたしも混ぜてください!」
左喩が振りかぶる。
うわっ、ヤ、ヤバッ。
「左喩さん、まっ……」
――シュンッ、と左頬を掠って弾丸のような雪玉が通過。いや、弾丸よりも迅い。続いて、例えようもない剛速球が今度は右攻の顔面の皮一枚を削って通過していく。
思わず右攻と顔を見交わした。
右攻も顔面を真っ青にさせていた。目が合い、共に頷き合う。そして、
「左喩さん! そうだ、雪だるまっ! 雪だるまを作りましょう!」
「おれも、ちょうど雪だるまを作りたいなって思ってたんだよ!」
同調するように右攻が魁斗の言葉に続いて声を上げた。
「えっ、雪だるま?」
左喩の振りかぶっていた腕が止まる。
魁斗は右攻とアイコンタクトを取ると、
「そうです、雪だるま! 大きくて可愛い雪だるまを作りましょう!」
「おれも、大きくてとっても可愛い雪だるまを作りたいよ! 姉さん!」
右攻と連携を取りながら、左喩を説得。
左喩はきょとんとした顔を浮かべるが、
「……はあ、べつにいいですけど……」
納得したのか、腕が下りていく。
助かった……と、男二人は安堵の表情。地面にへたり込んで、空を見上げて息を吐いた。
冷たい雪を体に感じながら魁斗は思う。
左喩さんと遊ぶのって命懸けだ……。
庭に雪だるまを作るため、魁斗は小さな雪玉を転がしていき固めながら徐々に大きくしていく。
そうだよ、平和的に遊ぼうって左喩さんに提案しようと思っていたところだったんだ。それをあいつが邪魔してきたんじゃないか。まったく、あのガキは……
転がし続け、そういえばと下り斜面を見る。
ピーンと閃いた。
上から雪玉を転がせば、下まで転がってある程度大きくなるんじゃないか?
さっそくやってみようと、下り斜面の手前まで雪玉を持っていき、勢いよく転がしてみた。だが、途中でズッと止まった。
……うん。そりゃあ、漫画やアニメみたいなことにはならないよな……。
魁斗は雪玉をそのまま転がしながら大きくしていく。
あっ、でも楽だわ、これ。
ちょっと押すだけでも、雪玉は転がってくれる。
これならすぐに大きくなる、と意気揚々転がしていたが、ハッと気がついた。
しまった、庭に雪だるまを置きたいから、この大きくなった雪玉……また転がして登んなきゃいけない。
今さらながら考えたらずだった。
下ってきた斜面を見上げると、左喩が上でなにやら神妙な顔をしながらこちらを見下ろしている。
なんだろうと不思議に思い、声をかけた。
「左喩さん、どうかしました?」
左喩は今なお神妙な顔のまま、なにかを思いついたように口を開く。
「魁斗さん……わたし、ちょっと思い浮かんだことがあるのですが……やってみてもいいですか?」
よくわからないが、今から行おうとする行為の了解を得ようとしてくる。
なにやら嫌な予感がしたが断る理由もない。というより、何をしでかそうとしているのかわからない。
魁斗は少し迷いながらもおずおずとした口調で、
「……いいですよ」
返事をした。
「では……ちょっとやってみます」
左喩は位置に着くとバッと雪の斜面に飛び込む。空中で体を折りたたむとそのまま雪の地面を転がり落ちてくる。ぐるぐるぐるぐると斜面を回転しながら下り、こちらに転がってくる。
そして、左喩は丸まった体のまま魁斗の足元で、ぴたっと止まった。
「……」
魁斗は、ただ茫然とその行動を見守った。
自分は今なにを見させられたんだ……と、目も口も大きく開け、不思議な行動を起こしたその人物の顔を見る。
半分は想像ついている。でも、まさか……。
自分の目を疑うほどの奇怪な行動。
ようやく左喩は丸まっていた体を解き、顔を上げる。まつ毛にも眉毛にも雪がつき、冷え切った頬と鼻先は真っ赤に紅潮。
左喩がゆっくりと立ち上がると、不思議そうに自分の体を見渡してみて、
「おかしいですね。雪だるまにならないです」
その発言がついにその口から放たれる。
「……!」
押し黙った。
人のことは言えない。決して言えないのだが……。
左喩のしたかったことがわかってしまった。
漫画かアニメで見たのか、左喩は人間が転がると雪だるまのようになると想像していたらしい。あんなの、その世界だけの現象だというのに……。
それでも、左喩は不思議そうに自分の体を眺めている。
魁斗は呆然としたままの表情で強く思う。
この人の天然ボケには叶わないと。
そして、魁斗たちは雪遊びを楽しんだ。
童心に戻ったように、はしゃいで。その日は、ひとしきり遊んだ。
舞う雪が楽しそうに一日中踊り続けて、沁みるように温かい思い出を作ってくれる。
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