第七章 綺麗な月とともに ②
いつのまにか日を跨いでいた。
魁斗は自室の布団の中でばっちりと目を開けていた。
昨日は色んなことがあって、色んな感情がぐちゃぐちゃに混じり合ってほとんど眠れなかった。帰ってきた左喩さんにも呼び出されて、小一時間ぐらい説教もされたし……。
でも、それよりも……
『大好き――』
「……」
昨夜、累の口から発せられた言葉が律儀に脳裏に繰り返し響いてくる。
あの言葉と、あの場面を思い返していると、夜が明けてしまっていた。
襖の隙間から温かそうな太陽の光が射し込んでくる。
あんなに疲れたというのに、眠れない。
悶々としながら、天井を見る。
大好き――というのは月のことで……?
いや、まさか……それとも――
首を横に振る。
自分の妄想が痛々しい。
そんなわけ……ないじゃないか。
いくら大嫌いと言われてしまって、訂正させようと頑張ってみたけど。
いや、決して、そんな言葉を引き出そうとは思っていなかった。
大好き――だなんて。
だって、あいつは。
累は……。
家族……で、兄妹……みたいなものだし……。
いや、まて。そうか……。
大好きって、別に恋愛としての意味じゃなくて、家族として大好きってことかもしれない。自分が想像しているものとは、また違うものかも。
「……」
頭が沸騰しそうだった。
もうこの際、本人に直接冗談めかしく聞いてみようか……?
「……」
ダメだ。
たぶん、ぶん殴られる気がする。
もう、なんだっていいじゃないか。昨日の、あの言葉は。
ぶんぶんと頭を振る。
そして、前を見据えた。
累から、もう二度と目を離さない。
これからは、かすかな心の動きも言葉の意味も見逃さないように、喜びも悲しみも、ありうる限りの感情を一緒に感じていこう。
そうやって、これから、また心を交わしていこうじゃないか。
今回のことで強く感じた。
人と人がわかり合うのって難しい。
そもそも人と人が互いをわかり合うことなんて奇跡みたいなものだ。
心が通じ合う、なんて言うのは本当の本当に難しいことなのだろう。
心が通じ合い、ましてやその先、愛し合うなんて、ほんとに奇跡的なことで、それは、とてもとても想像しがたく、とても遠くて、難しいことだ。
だけど……と。
魁斗は静かに目を閉じる。
心が通じ合うように、人は人を求める。
この世界に溢れている家族や夫婦、親子、兄弟、カップル、友達……。
この残酷な世界にはたくさんの奇跡が溢れている。
わかり合う――心が通じ合う。
それはあまりに難しくて、得難いものだが、それ故に。
たぶん、かけがえのない素晴らしいもの。
自分はバカで不器用だけど、向き合うことから始めよう。
累の気持ちに、そして、自分の気持ちにも。
そうして、今更ながら目をつぶった。
※※※
翌日。
昨日はあんなに大変なことがあったというのに、ほぼ一睡も眠れなかったというのに、学校はいつも通りに開校している。
体中が痛くて学校に行くかどうか迷ったが、『力』を使用したというのに、今回はそんなに尾を引いていない。多少、重だるさと筋肉に痛みはあるが、少しは体に馴染んできているのかもしれない。
眠気まなこのまま、大きく口を開いて、欠伸を漏らし、歩き続けていると、学校の校門近くで累が立って待っている。
その姿を見た瞬間、
『大好き――』
と、昨日の累の淡い笑顔と言葉が脳裏に思い浮かぶ。
熱を帯びたように瞬間的に顔が熱くなった。
もういいって言っただろっ……!
自分に言い聞かせて、パシパシと両手で頬を叩き表情を引き締めると、いつもの通りに笑顔で累に近づく。
「おはよう」
自然な感じで挨拶をする。
しかし、挨拶をされた相手は、ぽやーっと顔を赤らめながら、とろんとこちらを見つめ返してくるだけだった。
思った以上の艶っぽい顔に、思わず左胸がバクンと跳ね上がった。
「る、累……?」
名前を呼び、ようやく意識を取り戻したのか、累はハッした顔を浮かべて「おはよう」と返してくれた。
「あ、うん……おはよう」
「……」
なんだか、よくわからない間が空く。
そんな空気に堪えきれず、魁斗が先に口を開く。
「い、いかねえの?」
魁斗は校舎を指差して、いつものように先に校舎に入らないのか問う。
「……」
累は顔を俯かせて、魁斗の制服の袖をきゅっと掴んできた。
「ねぇ、魁斗……」
袖をいきなり掴まれて心臓の鼓動がさらに早まる。
な、なんなんだ、今日のこいつは……。
「今日は一緒に教室行く……」
そう言うと、潤んだ眼差しが魁斗を射る。
「えっ、ああ……そ、そうか」
間抜けな返事をした後に、魁斗は首を捻る。
えっ、これって……どういう心境の変化?
横並びで一緒に校門をくぐった。
心なしか、いつもより累の歩幅が狭い。
なんだ、緊張してるのか……?
累の方に振り向き、心境の変化について素直に問うことにした。
「あのさ、累……一緒に教室まで行くって、どういう心境の変化?」
累は一度こちらを見た後、どこか遠くを見ながら呟く。
「わたしも――」
とん、と魁斗の前に舞い降りるように出てからこちらに振り返り、
「――誰かさんを見習ってみようかなって思ったの」
そう言って、にっと口許を綻ばせ、淡く微笑んだ。
その誰かさんは聞かなかった。
たぶん、自分のうぬぼれでなかったら合っていると思うから。
累だって勘違いしている。
おれは見習われるような人間じゃない。
累を止めたのだって、自分はただ自分の感情を優先してやったに過ぎない。
ただの、おれの独りよがり。
――おれは、そこらへんにいるような、ただの残酷な人間のひとりだよ。
思い浮かべた言葉は心の奥にそっと沈めて、前を向く。
優しそうな微笑みは消えず、じっとこちらを見てくる。だから、負けないように自分も笑顔を返した。
累は前に向き直して一歩足を踏み出す。
その隣で合わせるように魁斗も歩き出す。
そして、そのまま一緒に校舎の中へと入っていった。
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