第二章 お月見とハロウィン ②
それから数日後。
月見十三夜は、『後の月』と呼ばれ、『中秋の名月』とされる十五夜に次いで美しいと言われる。
そして今日は、その十三夜。
「月見をするなら、やっぱりお団子だよな……」
ひとり、自室の畳の上で腕を組み、あぐらを組んだまま天井を見上げてぽつりと呟く。
よし、と何かを決心したように魁斗は片膝をついて立ち上がり、自室を出た。
※※※
「左喩さーん」
「はーい」
左喩の部屋の前で名前を呼ぶと、しゃらしゃらっと部屋を隔てる襖が開かれた。
「なんでしょう?」
部屋の中の人物は不思議そうに小首を傾げて、ぱちぱちと二回ほど瞬きをした後に、にっこりと口の端を上げて、こちらに目を向けてくれる。
いちいち可愛いな……と思いつつ、その思いは胸の中にしまっておいて、問いかける。
「今、お時間ありますか?」
「えっ、はい……ありますけど?」
左喩からは、きょとんと音が鳴るような表情が返ってくる。
魁斗は口角を上げると、
「お団子の作り方教えてください」
料理の師匠でもある左喩に指南をお願いした。
「……はい?」
左喩はそのまま小首を90度傾けた。
※※※
皆継家のお台所。
そこに立たせてもらい、魁斗の後ろには左喩が見守るようにして立つ。
「いやぁ、この前、左喩さんの作ったお団子がすんごい美味しかったので……」
団子を作るための材料と調理器具を用意しながら魁斗は口を開く。
「ああ、十五夜の時の……」
左喩は理由がわかったのか、顔を上空に向かせると、その時を思い出しながら、次第に口許を綻ばせ、小さく首を頷かせてみせる。
『中秋の名月』とされる十五夜の時は皆継家の縁側で左喩と横並びで、月を見上げながら、お茶とお団子を食べた。言葉の裏に隠された意味は特に無いと思うが、左喩から「月が綺麗ですね」なんて言われ、「あなたと見る月だからでしょうね」とすぐに返したかったのだが、動揺してお団子が喉に詰まり、急いで熱いお茶を飲んでしまい、むせ返ったという最近の思い出だ。
あれは、なんというか……一部を除いたら、いい時間だった。
魁斗は思い出を振り返り、改めて今日は『後の月』、十三夜だ。月見日和である。
左喩はお花が咲くように、にっこり笑顔を咲かせると、
「任せてください! 手とり足とり教えますよっ!」
自分が作るわけでもないのに袖をまくり上げている。どこか上機嫌な様子。
そんな姿を見て、改めて左喩さんに教えを乞いてよかった、と思う。
魁斗は気合を入れるように顔を引き締めていく。
すると左喩は確認するように、身を乗り出し、後ろ手に組んで、魁斗の顔を上目がちに覗き込んでくる。
「お月見ですよね?」
にっこり、と微笑みながら尋ねられた。
なんて、綺麗な笑顔なんだ……。
満月に負けないくらいの眩しい笑顔。それは、もう眩しすぎて、太陽のようにキラキラと強く輝いている。眩しさに自分の身が焦がされそうだ。
魁斗は思わず見惚れそうになるが、ゴホンと咳ばらいをし、口許を引き締める。
「はい、お月見です。今回は、累としようかと思って。あいつ、月が好きなんで……」
魁斗の言葉を聞き終えると、左喩は、ぽかん、と目を丸くさせた。開いた口をそのまま半開かせたまま、静かに表情を固まらせている。
窓の外にひゅるり、と冷たい風が流れる。
「あの……左喩さん?」
五秒ほど間を置いてから、そろそろと魁斗は固まった相手の名前を呼ぶ。左喩はようやく、だるまさんがころんだ状態が解け、焦ったように口を動かした。
「ああっ、累さん! ああ、なるほどっ、そう、累さんと……」
突然あたふたとするように眼球をきょろきょろと上下左右に走らせ、魁斗と目を合わせないように、急いで顔を横に逸らさせる。そして、まくった袖を下ろしてはもう一度まくり上げ、最終的に下ろす。
なにしてるんだ、この人……。
左喩のおかしな行動を黙って見守っていると、ようやく落ち着きを取り戻したのか、恥ずかしそうに頬を赤く染め上げ、一度ゴホン、と咳払い。何事もなかったように、にっこりと穏やかな笑顔を浮かべると、
「さぁ、ほら魁斗さん。累さんのために美味しいお団子作りますよ」
事の一連の流れがまるでなかったかのように言う。
さっきまでの行動はいったいなんだったのか、魁斗は目を
「はい……お願いします」
追及はすることなく、お団子作りを開始させた。
※※※
「まずボウルに白玉粉を入れてください。はい、それくらい」
左喩に指示されるまま、魁斗は言葉通りに体を動かしていく。
「ぬるま湯を入れて、混ぜながら滑らかに……そうです、そうです。上新粉を入れましょう、ぬるま湯も、はいはい、いいです、そうです、そうです。では、耳たぶよりちょっと固いくらいまでこねましょう」
続けて言われるまま、指示通りにこなしていく。
「愛情込めてこねるんですよ。いつもありがとーって」
左喩がなにやら可愛いことを言い出す。だが、師匠の言いつけ通りに、魁斗は「ありがとーっ」と言いながらこねていく。
「そうです、そうです、いいですね。では、まな板の上に置いて、両手で転がして細長くしていきましょう」
「はい」
ごろごろと伸ばしていく。程よくお団子の生地が伸びていく。
「それぐらいでいいでしょう。今日は十三夜なので、十三等分に切りましょうか」
魁斗は包丁で生地を切り分ける。ややばらつきはあるものの、均等に十三等分だ。
「はい、では、切り分けた生地をひとつ取って手のひらで丸めましょう。綺麗な泥団子を作るように」
これは本物のお団子ですよ、左喩さん。
「魁斗さん……」
左喩が怪訝そうな顔を浮かべてこちらを見てくる。
心の中で変なこと言ってるなぁ、と思っていることがバレたのかと焦り、目を見返すと、なにかを訴えている。意味ありげに、じーっとひたすらにこちらを見つめてくる。
魁斗は眉根を寄せて、頭をひねり、ぴーんと閃いた。
「いつもありがとーっ!」
「そうです、そうです」
どうやら合っていたらしい。
味を美味しくする秘訣。左喩は以前にも言っていたけど、冗談ではなかったようだ。
「魁斗さん、美味しくなーれって言いながら、作るのも効果がありますよ」
なんか、他にも余計な知識が混ざっている気がする。
苦笑いを浮かべながら、それでも魁斗は師匠の言いつけ通りに、
「美味しくなぁ~れぇ~」
心を込めて発声する。
「そうです!」
左喩は両腕を組みながら、満足げにうんうんと大きく首を縦に頷かせている。
この人、やっぱ天然入ってるわ……。
「はい、あとはゆでるだけです」
鍋にたっぷりの熱湯。
そこに切り分けて丸めた泥団子……ではなく本物の団子をひとつずつ入れていく。
「ゆでている間にあんを作りましょうか」
「はい」
あんとは、みたらしあんのことだ。
魁斗はフライパンを用意し、醤油と水溶き片栗粉と砂糖を入れ混ぜていく。甘醤油の匂いが漂い、魁斗の鼻孔をくすぐるように通り抜けていく。
ああ、美味しそうだ……。
しばらく、お団子が茹で上がるのを待つ。
「では、茹で上がったお団子を冷水でとって冷まして、水気をきりましょう」
言われた通り水気を取ると、団子を三つずつ、串を通して、作ったみたらしあんに絡ませていく。
「できた……」
美味しそうな、みたらし団子が完成。
串団子は四つ。累と自分とで二つずつだ。一つだけ団子が余る。
魁斗は、つまようじで一つ、みたらしあんを付けた団子を刺してから左喩に差し出す。
左喩は差し出された団子を目で追い、ただ黙ってそれを見つめる。
「左喩さん、おひとつだけですけど、どうぞ味の感想聞かせてください」
そう告げるも左喩はただただ、じーっと差し出された団子を見つめ、いっこうに受け取る気配がない。
早く食べてくれないと絡めたみたらしあんが垂れて床を汚してしまう。
「……あの、左喩さん? ……いりませんか?」
魁斗が尋ねると、左喩は身を乗り出すように、腰を折り、ズイッと上体だけをこちらに近づけ、顔を寄せてくる。さらりと垂れた長い黒髪を綺麗な細指で左耳にかけ、そして、薔薇の花びらめいた唇を上下に、ぱかっ、と……開く。
「……」
キッチンの窓から陽が射し込む。木々がさらさらと揺れる音がした。
「え、えーっと……」
突然の行動で魁斗は言葉を失い、戸惑いを隠せない。
今の状況を整理すると、差し出した団子の近くに左喩の顔があり、団子のほんの少し先には左喩の柔らかそうな唇が上下に開かれている。おそらくだが、鈍感すぎる人以外は何を求められているかわかるだろう。これはいわゆる、あーん待ち、状態だ。
魁斗はそっと、その開かれたお口の中におひとつお団子をお入れさせていただく。
なんだが、妙な気分。
緊張して指が震え、ドックンドックンと波打つ鼓動が早くなる。
左喩は、はむっと唇を閉じると、もぐもぐと咀嚼。
そしてどこか、とろんと蕩けた表情で唇まわりについた、みたらしあんをちろりと舐めとる。
その
「美味しいです……」
口元に手を添え、甘く痺れるような声で囁くように言う。そして、目尻を嬉しげに細めた。
――嗚呼、
……眩暈がした。
なんという破壊力。もはや腰が砕けそうになる。
魁斗は卒倒寸前。こらえるために両手をテーブルについてなんとか立っている状態。
「よ、よかったです」
ぶるぶると体を震わせながら答える。
痺れるように足に力が入らなくなってしまった。
まるで、産まれたての小鹿のように膝がガクガクと震える。
左喩は自覚がないのか、そんな魁斗の様子を見て、首を傾げ、頭の上にクエスチョンマークを飛ばした。きょとんとした顔でこちらを見ている。
魁斗は
この人、天然でこんなことするのか……。
だとすると……この人は色んな意味で最強だ――
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