第七章 終わりの瞬間 ③
「なっ……優弥っ!!」
魁斗は駆けだそうとするが、とっさに累に抱き止められる。
「魁斗、動かないでっ! 傷が……」
「そんなのどうだっていい! 放せっ!」
引き剝がそうとするが、累は腕に力を込め、離さない。
うめき声を上げ、必死にもがくも、どうしても剥がすことができない。
「こんなの、こんなのって……!」
優弥は刀をおろしたじゃないか。
誰か、誰か、誰か。
――止めてくれ。
※※※
「……なにか、言い残すことはある?」
紫が刀を向ける相手に向けて囁く。
「うん、ある」
優弥は伏していた顔を上げる。
精一杯、心を込めて伝える。
「すまなかった、紫」
それだけ、言い残し口をつぐむ。
あとは、伝わらなくてもいい。
きっと優しい紫は揺らいでしまうから。
今にも泣きだしそうな瞳がこちらを向いている。
ごめん、紫。
こんなことをさせてしまって。
きっと、終わったあとは辛いだろうな……。
でも、最期はどうしてもきみに見ていてほしかった。
我がままだな。
ほんとに自分はどうしようもなく、愚かだ。
それなのに……。
あのとき、紫は手を差し伸べてくれた。
後悔してるかな。するだろうな。
だけど、
どうしようもない愚かなぼくを。
どうしようもなく最悪なぼくを。
あのとき、見つけてくれて……
ほんとに、ありがとう。
どうか輪廻転生があるのなら、今度こそは、きみと……。
切っ先が上にゆっくりあがる。
もうすぐ、振り下ろされる。
最期の、終わりの瞬間まで、きみの顔を……
そうして、ようやく気づいた。
そうか。きみもさっきはこんな気持ちだったのか……。
紫は泣いていた。
目の縁を真っ赤にして、鼻を鳴らして、唇を深くまで噛みしめて。
その唇からは薄く血が流れ出している。
小さな肩がゆっくりと、かすかに震えて上下する。
振り上げている刀を握る手がガタガタと震え始めて、今にも崩れ落ちそうだ。
――ああ、ぼくは最悪なことをした。
自分の顔が一瞬、泣き出しそうになるのを必死で堪えた。
大事なものはとっくに変わっていたのに。
わかっていたのに……。
彼女が笑うことで自分はたしかな幸せを感じていたのに。
真逆のことをしてしまったな……。
震える手に力がこもるのが見えた。
彼女も覚悟できたみたいだ。
自分が願うのはおかしい。
それも承知の上だが、祈ろう。
この子が、未来で笑っていることを。
――紫。
小さくて、いつでも傍らにいてくれて、小さな幸せを届けてくれて、優しくて、可憐で、愛を感じる……すみれの花。
――愛してる。
そして、刀は振り下ろされた。
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