第七章 終わりの瞬間 ②
あれ……? おれ、どうなったんだ……? ……なんか、すげー眠たい。
「魁斗っ!!!!」
目が覚める。
えっ、寝てたのか……?
ぼんやりとした視界が徐々に形を作っていく。
次に耳に届いてきたのは、男たちのうめき声。そして、
「魁斗っ!!!!」
もう一度、名前を呼ばれる。
意識がはっきりとしてくる。
視線の先の形が整い、彩っていく。淡い薄紅色の髪の毛がさらさらと風になびいていた。
ああ、よく見る顔だ。
目の前には大粒の涙をこぼして、魁斗の頬に落としてくる。
「累……」
累は魁斗の頬を両手で包み込むようにして、泣いていた。そして、傍らには黒髪を風に舞わせながら、こちらを心配そうに覗き込む左喩もいた。
「累さん大丈夫です。そんなに傷は深くありません」
左喩は冷静に累へと伝える。
腹部にはすでに包帯が巻かれていた。意識を失っている間に誰かが治療を施してくれたみたいだ。
累は魁斗が目覚めたのを確認すると、魁斗を傷つけた張本人へと顔を振り返らせる。
「あいつ……」
犬歯を剝き出しに毛が逆立つ。何かに変貌しそうな容貌。だが、
「累さん、動かないでください」
あくまで左喩は冷静に累の起こそうとする行動を止める。
「動いたら……紫さんが……」
左喩の目線は庭園の中央にいる二人を見据えていた。
※※※
「時間切れ、か……」
優弥が静かに呟く。
左喩たちが来たことで形成が逆転。銃を持っていた男たちは全員見事に地面に伏している。左喩と累だけでなく深海に雇われている戦闘屋や工作員なども大人数なだれ込んでいた。
すでに優弥は取り囲まれ、先ほどまでとは反対に、優弥に向けて四方八方から銃口が向けられている。
だが、優弥に銃弾が届く前に、紫は斬られるだろう。膠着状態で動けないでいた。
魁斗は累の肩を支えに、体を起き上がらせる。
どんな状況だ、と把握するように周りを見渡す。
状況は恐らく理解できた。
優弥が紫に刀を向けているのも、はっきりと見えた。
だから、伝えなければならない。どうしても。
魁斗は外廊下から立ち上がろうとするも、身体中に激痛が走った。優弥に少しでも近づこうと足を踏み出すが、膝が崩れる。
「魁斗っ!」
累がとっさに支えてくれて、倒れずにすんだ。その肩を借りて、魁斗は立ち上がる。そのまま足を運ばせて、魁斗は優弥に向けて叫んだ。
「優弥! お前が今、一番大事なモノはなんだ!?」
魁斗は優弥と語った修学旅行中の夜のことを思いだす。
優弥は言っていた。一番大事なのは紫だと。
一瞬も迷ったりはしなかった。答えることに戸惑いもためらいもしなかった。
優弥がどれだけ紫ちゃんを強く想っているのかが、自分には伝わったんだ。
魁斗は言葉を継いでいく。
「お前言っただろうがっ! その子が……目の前の子が一番大事だって! 言っただろうがっ!」
言葉を聞いて、優弥はほんの一瞬、背中を震わせた。
食いしばるように口を歪ませる。
「斬ったら……斬ったら、もう二度とその子とは話せない……会えなくなるんだぞ!? いいのかよっ! 二度と会えないことがどういうことか、それがどんなに苦しいか……お前わかってるだろうがっ!」
脳裏に母さんが映る。思い出が蘇って、涙が溢れてきそうだった。
優弥はわかっている。家族とあんなふうに別れて、わからないわけがない。
「一番大事なのは復讐か? 違うだろっ!」
しかし、言っていて、自分で気づく。
自分が言えた義理では無いと。
自分だって母さんを殺した犯人を見つけ出して復讐しようとしている。なにを偉そうに言っている?
それなのに、口から漏れ出る言葉は止まらない。
「もう一度、よく考えろっ!」
自分はめちゃくちゃなことを言っている。自覚している。わかっている。
おれが強さを求めたのは、母さんを殺した犯人を殺すためだ。
「考えろっ!」
頭はごちゃごちゃだ。だけど、言葉を投げ続ける。届ける。叫び続ける。止まってくれと。
「復讐なんてっ!!」
おれは、今なにを言おうとしてる……?
「復……讐、なんて……」
この言葉は、おれは言ってはダメだ。
魁斗は自然と目を伏せていた。
「魁斗さん、もういいです」
心情を察したように、左喩が肩に手を置く。魁斗の前に進み出て、優弥を見据える。
「優弥さん。わたしたちが言えた義理ではないです。優弥さんから奪ってしまった側なので。だけど、復讐を遂げても残るのは、そんな、いいものじゃないですよ……」
左喩も一度目を伏せると、浅く唇を噛みしめた。
「お願いです。どうか、刀をおろしてくれませんか?」
※※※
「……ほんとに、お前たちが言えた義理ではないな」
言葉を聞いた優弥は吐き捨てるように言った。
だが、胸が痛むように苦しげに顔を歪ませていた。
しかし、
「佐々宮は殺す」
そう言い述べると、紫に向けた刀に力を込める。
紫は真っすぐとこちらを見ていた。
凛とした瞳で。恐怖すら感じていないように。
これから、殺されるんだぞ……。
わずかに剣先を動かす。首の真横。一ミリでも動かせばその小さな首は斬れる。
だけど、紫は目を逸らさなかった。
最期の――その瞬間まで。
優弥の顔を見るように。
優弥の目を見るように。
その目を決して外さなかった。
なんなんだよ。お前は。
その目はなんだよ。どうして、そんなにぼくを見るんだ。
不意に茫然とする。
想いが胸の奥から湧き上がり、熱く、熱く立ち込める。
そして、反射的に想った。
紫だけがぼくの存在を迷わずに見てくれていた。
いつも傍にいてくれて、その目をぼくに向けてくれた。
今の自分を肯定するように。ここにいるんだと。たしかに存在しているんだと認識させてくれるように。
自分がここまで生きてこれたのは、たぶん……。
わかった瞬間に、なにかがこと切れたかのように叫んでいた。
「くそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」
天を仰ぎ、空に向けて声を響かせる。
自らが犯した愚かさを、過ちと認めてしまっている気持ちを、とめどなく流れる涙の意味に気づいてしまった。
くそ、くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、だめだ……。
この子は斬れない……。
優弥は刀を落とす。
崩れるように膝を地面につき、首を垂れる。
そして、紫に懇願した。
「紫……頼む。ぼくを殺してくれ……」
望んでいた。心から。
叶えなければならないこと。託された大切な人たちの、想いを。
ぼくは――破棄した。
もうない。もうなにもない。
亡くなったみんなの願いを叶えられない。
ぼくには、なにも、なにも無くなった。
どうしても、家族を滅ぼした佐々宮は許せない。
どうしても、過去は消えてくれない。
うしろにいる自分は、ずっと泣いていて、ぼくを決して離してはくれない。
夜になるとあの日のことを思いだしてしまう。
恨みの連鎖はどこかで断ち切るべきだ。
ぼくを殺したら、もう……坂本の怨念は止まる。
過去から解放される。
優弥は顔を上げて、もう一方の刀を無理やり紫に手渡し、ぎゅっと握りしめさせた。
「なに、言ってるの……?」
紫は目を見開きながら、手渡された刀を一度見つめて、そして優弥の顔を見る。
優弥は穏やかに微笑み、眼差しを優しげに細めて見せた。
向けられている銃口がガチャリと音を立てて動く。
優弥はそれを横目に見たあと、紫の顔を見て、懇願するようにもう一度言う。
「ぼくを殺してくれ、頼む。あんな誰かもわからないやつに殺されたくない。きみに……最期は見られながら死にたい」
ぼくの最期の望みだ。
優弥は瞳に訴える。
紫は首を横に振りながら、震える声で言う。
「で、できないよ。だって……だって、優弥と過ごした日々が全部噓だったと思えない!」
「あれは、嘘だよ。全部嘘だ……」
「だったら……! だったら、何で泣いたのっ!」
紫が怒号を上げる。しかし、返事は返せない。
「紫! 斬れ! 命令だ!」
当主の俊彦が声を上げる。
「お前が斬らぬのならわしが斬る!」
「手を出さないでっ!!!!」
びりびりと響くような紫の声が動き出そうとする俊彦を制止させる。そして、はぁ、はぁ、と乱れる息を整えると、覚悟を決めたように眼に力を込める。
「わたしが、やる」
そして、握った刀を持ち上げると、切っ先を優弥の顔に向ける。
「ありがとう……紫」
優弥は心の底から喜ぶように囁くと、頭を下げる。
そして、目を瞑った。
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