第六章 吸血鬼と二つの刃 ③


 闇夜の庭園に刃同士がぶつかり合う音が聞こえる。

 屋敷には明かりがついていない。

 かなり暗い。明かりは月の光のみで、光量はまったく足りていない。

 だが、暗闇に慣れた魁斗の夜目は二人が戦っている姿を十分に見てとれた。

 どうしようもなく、胸が痛くなる。

 左胸あたりに手を押し当てて、指を皮膚に食い込ませるように握りしめた。

 そして、思ってしまう。


 ダメだろ、お前らが争っちゃ……。

 あんなに笑顔で、あんなに楽しそうに言い合って、あんなに互いに想いあって、あんなに互いを認め合っていたのに……。

 殺し合ったら、ダメだろ。


 ――駆ける。


 一刻も早く止めるために。





 ※※※





「ゆうやぁああああああああああっ!」


 紫が叫びながら、大剣を上空から振り下ろす。

 優弥は受け止めずに、横に転がるように飛んで回避。大剣が地面に突き刺さると、地面にひびが入り、地割れがおきたように大気が震える。自然と額から汗が飛び散る。汗を払う暇もなく、優弥は紫に向かって突っ込んでいく。


 刀が地面に突き刺さっている。今が――好機。


 その隙を逃さぬように、優弥は足の運びを速めた。一度、眼前で刀を交差させ、気合を高める。次で決めるというように、正面からの超突進。交差させた刀を振るおうとした瞬間。


 紫は地面に突き刺さっている大剣を支点にして、身軽な体を片手一本で支え、大剣を外周するように弧を描いて回転。そのまま優弥の顔に鋭い蹴りを放った。


 予想外の動きに優弥は反応ができず、まともに右頬に食らってしまった。弾き飛んで、体を地面に転がせる。


 紫は、そのまま地面に降り立つと大剣を引き抜き、


「一本」


 地面に伏している優弥に向けて言い放つ。


 蹴られた優弥は右頬を押さえながら少し苦笑いを浮かべる。


「……それは、刀での一本じゃないよね」


 優弥は頬を押さえていた手を離し、地面に転がった刀を拾う。


「今のはノーカンじゃない?」


「一本は一本」


 優弥はいつものように紫に向けて、自然な笑顔を向けていた。


「強情だなぁ」


 紫の瞳の奥を見る。


 凛としている。強い、強い、眼光だ。

 手を差し伸べてくれた、あの時と変わらない。


 ぼくのとは、まるで違う……。


 きみは優しい。


 ――ぼくは知っている。


 きみの、その優しさは控えめだけど……それが奥ゆかしい。

 小さいけど、芯のある、そんな可憐な……


 そして、



 ――なんで、ぼくは。



 不意に思ってしまった。


「……泣いてるの? 優弥?」


「えっ?」


 優弥はさっと自分の頬に手を当て確認する。涙は流れていない。頬も目蓋も濡れてはいなかった。


 思わず、紫を見返す。


 なのに……なんで、そんなことを聞く……?


「なに、言ってるの……」


 返す言葉に力が伴わない。一生懸命に笑った顔を作る。


 ダメだ。ダメだ。ダメだ……。

 そんなことを考えるな。

 だってぼくは、この日のために生きてきたんだから。


「変なこと言うなよ」


 乾いた笑顔を張り付けると、優弥は再び、刀を構えた。

 今度こそ、力を込めて言う。


「紫!」


 力強くその名前を呼び、優弥は踏み出す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る