第六章 吸血鬼と二つの刃 ②
相手は紫と俊彦を含めて、あと数人だ。
もともと、この御屋敷にはそんなに大人数は居ない。
だだ、思ったよりも粘る。
しかし、こちら側はまだまだお前たちよりも人数は残っている。
銃弾を避け、避けられなければ刀身で防御し、未だ紫は怪我を負うことなく多数の敵に対して対応している。見事なまでの身のこなしだった。
銃では紫は殺せない、か……。
優弥は手を上げる。少ししてから銃声が鳴りやむ。
秋夜の冷たい風が吹く屋敷の広い庭園。
その中心に向かって優弥は刀を据えて歩いていく。中心には紫と俊彦が刀を構えている。共にこちらを睨みつけるように
その中心人物たちを取り囲むように人垣がずらりと円を描き、内部を覗く。優弥と紫、そして俊彦を囲み、狙いすませるように銃口が並ぶ。
だが、銃はもう撃たせない。
だれも行動を起こさせないように睨みをきかし、銃口を下ろさせ下がらせる。
お前たちの役目は終わりだ。
優弥は紫と俊彦を瞳に映す。
この二人にいくら銃弾を放ったところで避けられるか、その刀で銃弾を弾かれてしまうだろう。命までは奪えない。普通の人間ではないのだ、こいつらは。共に過ごしてきて、それは身をもって感じた。
「じいちゃんは下がってて、優弥は……今のじいちゃんじゃ、無理」
紫に言われ俊彦は悔しそうに眉間に皺を寄せる。口ごもり、怒りを堪えるように薄い唇を噛みしめた。唇から僅かに血が滲み出てくる。そして、太ももからはさらに大量の血が流れていた。おそらく、銃弾をまともに食らったのだろう。これでは戦いにはならない。それを察してか、紫の主張通りに後ろに下がっていく。
……歳にはかなわないか。
優弥は冷たい目と表情で引き下がっていった俊彦を一瞥してから、気を引き締めた。紫を視界に捉える。
一番の障害は紫だ。紫を殺せば、あとは手負いの老いぼれのみ。
紫さえ、殺してしまえば……。
「やろうか、紫」
「……うん」
お互いにどこか弱々しく、寂しそうな声だった。二人の視線がぶつかって、互いに瞳が一瞬揺らぐ。しかしすぐに、紫は気を引き締めるように目つきを強めた。
優弥も気持ちを切り替えて、一度大きく息を吐く。鞘から刀身を引き抜き――抜刀。切っ先を紫に向ける。
そして、いつもの口調に戻した。
「思えば……ぼくたち途中から立ち合いで勝敗つかなくなったよね?」
「それがなに?」
紫はぐっと眉間に力を入れる。
「でもさ……ぼく、ほんとはあれ、本気じゃなかったんだ」
優弥は地面に目線を落として、転がっているもう一振りの刀を手に取る。
「本来、ぼくの剣術は二振りで成り立つんだよ」
両手に握られた二振りの刀を舞わせるように、乱舞させると二刀流で構える。
もともと、ぼくの剣の型は坂本流だ。お前たちのモノじゃない……。
そして、再び紫を見据える。
「紫。たぶん、ぼくはきみより強いよ」
そう言い放った優弥に睨みを返すように、紫は目を鋭くさせると、
「バカにするな」
腹の底から呻くように言葉を返す。
紫は自分の太刀に目を落とすと、太刀の刃で自分の親指の腹を浅く斬る。
滴る血を刀身に染み込ませるように、柄側から切っ先にかけて撫でるように塗っていく。
――生き血を捧げて糧となせ。
静かに、静かに唱えた。紫の持つ太刀は鬼が残した宝剣。
名を【吸血鬼】
自らに宿る鬼の血を捧げることで、その怪力を誇る力が解放させる。
血を捧げた途端に刀身に血色の波紋が揺らぎ、目を覚ますように刀が姿を変えていく。脈打つように刀身が息吹き、鍔から刀身を吞み込むようになにかがうごめき始める。柄が見えなくなるように、紫の前腕に白くうごめくモノがビチッ、ビチッ、と張り付いていく。そして、
ごきごきごきごきごきごきごきごきごきごきごきごきごきごき……
なにかが破壊されているような異様な音が闇夜の空へと鳴り響く。
刀全体を見ると、鍔がまるで鬼の角のように形を変える。突出したその角を中心にまるで生きているようにドクドクと脈打ち、刀身が動いていく。そして、刀が急速に拡大。それは鬼の腕のような太さへと変貌を遂げる。刀身は鬼の爪が鋭く伸びてギラリと光るような、歪な形。紫の太刀は姿を変えると、異様な形の大剣となる。
それは、紫の身長よりも大きい。刀身だけで五尺以上。かなり重たそうだが、紫は軽々とその大剣を扱う。
「吸血鬼……」
紫が刀の、その名を呼ぶ。
優弥は額から冷汗が垂れ流れてくるのがわかった。
怪物が目の前にいるような異様な空気。
その力は知っている。佐々宮に伝わる力だ。だが、こうしてその力を見るのは初めてだった。
目の前の紫は獲物を仕留めるかの如く、鋭い目を向けている。大剣を両手で掴んで後方に大きく引いた。
獲物は自分か、それとも……。
これから始まるのは本気の斬り合いだ。稽古とは違う。一瞬の気の緩みで命が斬って取られる。
優弥も二振りの刀を構える。柄を握る手に力を込める。
二刀流はかなり久しぶりだ。
だけど、この日を待ち望んでいた。
そして、紫に向けて脚を踏み出した。
※※※
魁斗は佐々宮の屋敷に向かって全力で走っていた。
風を切り、山の木々の枝が体に当たったって関係ない。早く駆けつけないと。
累に電話で伝えた後は、左喩にも詳細を伝えた。おそらく二人も急いで駆けつけて来るに違いない。
早くしないと……。
奥歯を噛みしめ、先を見据えた。
――悲しい結末が起こる前に。
※※※
紫は助走もなしで一息に飛躍し、大上段からその大剣を振り下ろす。
優弥は刃が迫る目前、両足に力を込め、横っ飛び。まずは紫の初撃を躱す。
紫の振り下ろした大剣が庭園にそびえ立っていた松の木を縦に叩き割った。左右に裂け、二つに別れるように木が勢いよく地面へと倒れて、轟音が鳴る。
優弥は思わず、息を呑んだ。
あれを食らったら、ひとたまりもないな。
まともに刃を喰らったら、一撃で命が斬って取られると覚悟する。
優弥は態勢を立て直すと腰を落として足を開き、じりじりとにじり寄って、やがて、刹那の瞬間移動。二つの刃を振るった。一刀流とは違う。右手と左手。それぞれが分離をした動き。明らかに優弥の力は二倍化していた。
紫は二つの刃を後退しながら、どうにか避けつつ太い刀身で防御。
優弥が後を追い、紫へ突っ込むと渾身の力を叩きこもうと身体を捩じるようにして、刀を左斜め上に振りかぶり、思いっきり両の刀を振り落とす。紫は同時に二つの刃を防ぐように上空へ刀身を横に向けながら、受けとめた。
刃と刃が強くぶつかり合う。
――キンッ! と耳をつんざくような、激しい金切音が鳴る。
その音が鳴りやまぬ間に優弥は地面を足先で掴むと、右足を踏み込み振り下ろした二振りの刀を瞬時に、切り替え、紫の右胴を狙うように水平に横薙ぎ。
紫は大剣を返して、優弥の刃を受け流しながら、側方へと体を逸らしていく。受け流した相手の力を利用して、そのまま一回転。身体を支点に捩じって力を蓄える。その一連の流れで次は紫が優弥の胴体を断つ勢いで大剣を振るった。
優弥は二振りの刀で交叉するようにして受け止める。が、あまりにも強い力。物凄い怪力だった。衝撃で体もろとも激しく宙を舞った。
なんて、衝撃だ……。
空中で態勢を立て直すと、地面に降り立つ頃に、もう一度紫を視界に捉えて、膝のクッションをきかしながら、トンッとゆったりと降り立つ。
腕がじんじんと痺れた。一度刀を下ろすと、ふうっと息を吐き、優弥はにこりと微笑みながら口を開く。
「さすがだね。思った以上の力だった。ちょっと肝が冷えたよ。でも、受け止められた」
余裕な笑みを浮かべるが、次はおそらく受け止めきれない。柄を何度か握り込み、腕の痺れが取れてきているかを確認。
「優弥も……そんなに実力を隠してるとは思わなかった」
「……どっちが強いかな?」
「わたし」
「ふふっ、あいかわらず負けず嫌いだね……」
数回の言葉を交わし終えたあと、再び刀を上げて紫に切っ先を向ける。腕の痺れは取れた。仕切り直しとばかりに告げる。
「今日で決着をつけようか」
目を見交わすと、二人の脚が大地を踏みしめて、地面の土が弾けた。
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