私の、最後の仕事?(神錘の代行者 vs 転売繁盛 a.k.a. やまおかや)

 ロイヤを同行させた代行者は、神錘を垂らす。


「次なる、死すべき者は何処どこにいるのか。神錘よ、示したまえ」


 言葉と同時に、神錘が回り出す。

 一か所だけ突き出る――しずく型のような――楕円を描き、どこに向かうべきかを指し示した。突き出た方角は、現在地から見て東である。


「……む」


 同時に、代行者の脳裏に一瞬だけ風景が、そして人物が映り込んだ。


「この建物、そしてこれなる者か。今回は示しが明瞭なり」


 今まで以上に具体的な情報が、代行者に伝わる。

 代行者はミミミに向き直ると、問うた。


「ミミミよ。汝が回収せし魂は、99を数えたな」

「みー……うん」

「であれば、次が100の魂となる」

「それ、私が課せられたノルマだ。言って、なかったけど」


 ミミミが呟くと、代行者は「そうか」と短く肯定した。


「善哉。汝が目標は、次にて達成せり。我はそれを支えるとしよう。……ではヴィグバルトよ。皆を乗せ、東へと飛ぶが良い」

「承知した。掴まれ」


 全員がしっかりと自身の体に掴まったのを確かめてから、ヴィグバルトは翼をはためかせて空へと飛んだのである。


     ***


「止まれ。ここから降りるとしよう」


 代行者の言葉によって、ヴィグバルトはセントラルへ降りる。

 だが、現在のヴィグバルトでは着陸できない。


「人の姿となれ、ヴィグバルトよ。われが降ろす」

「信じるぞ」


 ヴィグバルトが人型形態となったのを確かめた代行者は、素早く全員をSGエネルギーで包み、地上へ軟着陸させる。


「これで良いだろう。では、定めに則って死を授けようか」


 代行者が、自らに授けられた“示し”のビルに足を踏み入れる。

 後に続いて、カティンカ、ヴィグバルト、ロイヤ、そしてミミミの4人が突入した。


 その、次の瞬間。


「……入って早々とはな」


 自律ドローンからの銃撃を、一行は受ける。しかし代行者が張り巡らせるSGエネルギーの障壁、またヴィグバルトが展開する「審判の炎」や、ロイヤの変形機構による両腕部の盾への組成変換により、銃弾のことごとくは防がれる。


「とはいえ、この程度であれば恐れるに値しない。正面から向かうとしよう」


 代行者は右手を差し出すと、SGエネルギーでドローンのフレームやCPUを破壊し、無力化せしめたのである。


     ***


「ここか」

「わたしにまかせて! えいっ!」


 代行者がある部屋の前に立つと、カティンカがドアを蹴破る。美少女の姿とはいえ、元々武器である彼女は見た目に似合わぬ力を秘めており、一撃でドアは凹むのを通り越して吹き飛んだ。


「どう? どう? すごいでしょ?」

「ああ。見事な一撃である」


 カティンカの承認欲求を素直に満たした代行者は、部屋に踏み入る。


「我が名は神錘の代行者なり。汝に死を授けに来た」


 部屋の中にいたのは、シーツを巻き付けただけの格好であり、“脂肪の塊”と形容するがふさわしい、もはや人間としての原型が残っているかどうか怪しいほどにでっぷりと太った男であった。

 代行者たちが知るよしは無いが、彼の名前は「やまおかや」。リアの世界の経済において、大きな障害となっている男である。


 そんな彼を見て、代行者が告げる。


「汝が魂を見れり」


 黒い粒子が、やまおかやの全身を覆う。

 彼はそれを自らの生存本能で脅威と感じたのか、代行者に向けて不可視の能力を発揮せんとする――が。


「我にそのような能力ちからは通じぬ」


 当然、代行者には通じない。

 しかし能力の対象となっていたのは、代行者だけではなかった。


「みー……ちょっと、呼吸が苦しい」

「わたしも……」


 ヴィグバルトとロイヤには生身の人間でないゆえに通じていなかったが、いちおうは人間の肉体を持つミミミとカティンカには、やまおかやの能力が作用していた。


 二人が苦しむ様子を感じ取った代行者は、掲げた右手に力を込める。


「汝が罪業をこれ以上重ねるは許さず」


 その瞬間、やまおかやの270kgキロはある体が、なんと。もっとも、彼の表情は苦悶に満ちたものであるが。


「そして、汝が魂を既に知れり。国家における血液たるかねの流れを不当にき止め、自らの懐に蓄えるは許されざることなり。さらには、汝……天才となることを定められていた魂から、肉体を奪ったな?」


 やまおかやは首を振って否定するが、全てを見通している代行者には通用しない。


只人ただびとに、自らの魂が何をしたか、確かに知るよしは無し。しかし、我が瞳をあざむくこと叶わず。われが死を授けて間もなく、汝が魂はちりと化すであろう」


 代行者は手始めに、やまおかやの全身をしたたかに天井に打ち付ける。

 だが、まとわせているSGエネルギーによって、彼が死ぬことは無い。もっとも、苦痛は素直に伝達されるが。


「……4人とも、部屋の外へ出ておけ。これより手荒くなる」


 代行者はあまり明確に感情を感じ取れていないのだが、彼の感情を乱暴に訳すると「ここまでのクソ外道、久しぶりに見たぞ。楽に死ねるとは決して思うな。徹底的に苦しめてから死なせてやる」である。

 国家の経済をせき止め、自分のことしか頭にない男は、魂に対する最上級の罰である「魂を塵にする」を受けて当然であった。魂そのものを消失させ、動物であれ植物であれ、二度と生物として生きることを許されないのである。


「汝が罪にふさわしき苦痛を」


 そう短く告げた代行者は、やまおかやを激しく、天井へ、床へ、窓へと叩きつける。

 さらには、代行者はガラス窓をひとりでに開かせ、やまおかやを宙に浮かせる。


「……!」


 10mメートルを超える高さだ、落ちればただでは済まない。

 やまおかやは表情を恐怖に染め上げるが、これで代行者の裁きが済むわけでは到底ない。


 そしてそのまま、地上へ叩きつけられる。

 もちろん代行者は、地上に誰もいない場所を狙って叩きつけているのだ。これは後に心霊現象として噂話となるのであるが、代行者にとっては全くもってどうでもいいことであった。


「地面が迫る恐怖と、全身を叩きつけられる激痛はどうだ? これでこそ、汝が罰にふさわしきなり」


 言葉も心も淡々としている代行者だが、行動に激情が現れていた。

 一方、肝心のやまおかやは、SGエネルギーによって死ぬことも許されず、しかし恐怖と痛みはしっかりと感じている。


 百度ほど打ち付けられ、ただでさえ醜かった全身をさらに醜くしたところで、やまおかやは元の部屋に戻された。


「……ミミミよ」

「はぁい」


 代行者の言葉一つで、ミミミがカッターナイフを取り出す。

 そのまま人差し指を傷つけると、滲んだ血をやまおかやの唇に塗りつけた。


「舐めて。それが、私からの最後の慈悲」


 まともに動かない舌で、やまおかやは塗られた血を舐める。

 ……当然の結末として、彼は全身から血を噴き出して死んだ。


「……これで100人目か」


 代行者が呟くと、ミミミがそれに乗っかる。


「みー……あっけない、かも」

「そうだ。死というものは意外とあっけないもの。ゆえにこそ、我ら死神は中立であり公平であるべし」

「……その割には、怖かったけどね」

「思わず、力が入ったのだ。とはいえ、ああまでせねば罪業に釣り合わぬ。もっとも、今生におけるどのような罰も、生きた全体での罪業に釣り合うことはないような者は、数え切れぬほどいるだろうがな。さて」


 代行者は、黒い粒子が出始めたやまおかやを見る。


かねに、綺麗も汚いもなし。しかし、この者の不当なる蓄財は、還元せねばならんな。時にロイヤ、機械には詳しいと見えるが」

「はい。私であれば」

「ならば、私と共にこの者の富を一つ残らず、この国の政府に預けるとしよう。富とは循環させてこそ、なのだから」




 ……かくしてやまおかやが生涯をかけて不当に蓄えた富は、一銭も残らず――形を変えて循環することとなるのであった。


---


★感想

 蹂躙。チートを除けば、強さ的にはルドヴィゴ伯爵と大した差は感じられないイメージ。


 ただし、強さ星5は別の意味で相当である。これは、「強さ」を「脅威度」ととらえればピタリと符合する。

 国家における富の流通をせき止めるのだから、経済的な大動脈瘤もいいところである。視覚的には分かりづらいのだが、今後の運営を考えると排除して正解な相手。経済には疎い有原だが、経済がマトモでないと国家は早晩行き詰るのだ。


 罪業はルドヴィゴ伯爵のそれに加え、「行き過ぎた私利私欲」も然り。

「それ、伯爵もじゃない?」とあるが、伯爵は浪費という形であるがまだ富を流通させていた可能性があるので、その分は軽い。やまおかやの場合は目立った浪費が見受けられない(チート能力使用の代償として払ってはいただろうが)ため、逆にそれが罪を重くした。

 もっとも、二人とも死を授けられるほどの重罪なのは何を今さら、なのだが。


 本編における構想ではもう少し下ネタを、具体的には「死が差し迫って股間が膨らんでる」というような要素をカティンカに言わせようか考えたが、やめた。元々、南木様原案のキャラだから。うん。


 有原としてはここまで徹底的に苦しめてなお飽き足らないのだが、あとは魂を裁く神様に任せるのが役割なので描写はここまで。とはいえ、現場(代行者)の裁量で罰を与えることは禁じられていないので……まぁ、当然、こうなるわな。


 あと、地味に代行者ブチギレ案件。既に書いたが、犯した罪業はルドヴィゴ伯爵のそれをはるかに上回る。しかもよりにもよってミミミちゃんとカティンカに手を出した(単に手を出しただけならヴィグバルトとロイヤにもだが、ミミミちゃんとカティンカはわずかなれど苦しんだ)ので、そりゃあキレる。

「感情がないほど薄い」と書いたゆえに彼に怒りを自覚させなかったのではあるが、潜在意識ではちゃんとブチギレている。ゆえに、やまおかやに対しては今までにない苛烈な罰を与えている。

 代行者といえども、そこはちゃんとなんです。


 そして、ミミミちゃんは100人目の魂を刈り取った……というか死を与えたので、ノルマ達成。

 代行者がいなければ、自主企画内においてどこまで時間をかけていたのやら?


 あ、ドローンには基本魂が入っていないので、代行者は当たり前のように巻き込んでいます。魂無き機械は「殺さず」の対象外なのだ。

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