その命、自ら定めよ2(神錘の代行者 vs 霊竜ヴィグバルト)

「準備は整ったか。ヴィグバルトよ」


 全高は2mを超えて重く、しかも扱い慣れぬ得物であるはずなのに、代行者は堂に入った構えでカティンカを携える。


「アア。戦イハ無益ト思ッテイタガ、貴殿ニ対シテハ……全力ヲ尽クシテ、オ相手スル。ソレコソガ、礼儀トイウモノダ」

「今の汝に、死者のごときおぼろげな気配無し。そのさま、誠に生者のごときなり」

「イザ、尋常ニ参ラレヨ。神錘ノ代行者ヨ」


 構えを解かず、しかしヴィグバルトは敢えて先手を代行者に譲る。


「求めるのならば、応じよう。……ハァッ!」


 代行者はSGエネルギーの転移を応用し、瞬く間にヴィグバルトの首筋にある血色ちいろの宝石に迫る。


「汝がいましめは、これなり!」


 そして素早くカティンカを振り下ろし、その刃が宝石をとらえ――しかし、一撃で砕くには至らなかった。


「ううむ、これでは足らぬか。霊体とはいえ、汝が体よりも脆いと見たのだがな」


 代行者の攻撃が通用しなかったのは、宝石がだ。

 血色のダイヤモンド――しかし、ヴィグバルトに埋め込まれたそれは呪術により、堅牢さを通常のダイヤモンドよりもはるかに鍛えられている。膂力りょりょくに優れ、またカティンカの重量をもってしても、一撃で打ち砕くには至らなかった。


 深追いせず体勢を整える代行者に向けて、ヴィグバルトはゆっくりと向き直る。


「貴殿ノ今ノ一撃、見事ナリ。デハ、コレヲ返礼トシヨウ」


 ヴィグバルトは息を吸うと、代行者に向けてブレスを吐き出す。蒼炎のブレス――ただ放つだけでもその圧倒的な熱量によって、ほぼ全てのものを焼き尽くす威力を誇る。


「我が死は、未だ定められず」


 しかし代行者は、自身の周囲にSGエネルギーを展開して炎を無力化する。熱量も、代行者に触れなければ意味をなさない。そして炎においては切り離せない問題である一酸化炭素は、これもやはりSGエネルギーで阻まれる。代行者に炎は通じないのだ。


 そして、ただ吐いただけのブレスは――要塞内部の構造の一部に、大きな損壊を生じさせた。

 代行者には通じずとも、霊体のみのヴィグバルトと違って実存する熱は現実の物体に十分なダメージを与えうるのだ。


「汝が力は、見せてもらった。では、次は我が肉体の力を示すとしよう」


 今度はSGエネルギーによる転移を用いず、代行者は床や壁を蹴って移動する。

 ヴィグバルトをして追いきれる速度ではなく、再び首筋の宝石にカティンカが振り下ろされ――だが、ヴィグバルトは驚異的な直感でもって回避した。


「コレハ今ヤ、“本能”トデモ呼ブノダロウカ。我ガ首筋ノ石ヲ壊サレルノヲ、私ハ極端ニ恐レテイテナ」

「然り。歪められたといえど、汝をこの世に繋ぎ止めしもの。だが、我にとっては魂に触れるも容易いことなり」


 霊体であり実体を持たぬはずのヴィグバルトの背に、なんと


「オオ、我ガ身ニ触レルトハ……」

「では、改めて縛めを解くとしよう。二度三度と打ち付けられては、耐えられるものではないだろうからな」


 言い終えると同時に、二度目の打撃を宝石に加える代行者。

 ……その、直後だった。


「これは、青い炎か」

「然リ。我ガ最後ノ抵抗、打チ破ッテミセヨ」


 ヴィグバルトの持つ固有能力、“蒼炎の呪詛”。

 幻覚を見せ、その間に自身の炎で対象を焼き尽くす技だ。


「……」

「大丈夫!?」


 と、ミミミが耐えかねて声を上げる。

 しかし、代行者に苦悶の表情は無い。


「……案ずるな、ミミミよ。我は無事だ」


 通った声でミミミに返すと、代行者はヴィグバルトに向けて伝える。


「ヴィグバルト。我に幸せな未来など無い。我はただ、主より示されし使命を全うするのみ。ゆえに汝の幻覚は……通じず」

「……ソノ、ヨウダナ。モハヤ私ニ勝チ目ハ無イ」

「最後だ。汝の魂を縛る枷を、今打ち砕く」


 代行者は短く告げると、カティンカでもってヴィグバルトの宝石に最後の一撃を叩き込んだ。

 衝撃が伝わると同時に、宝石が砕け散る。


「アア…………。私は、これで……」


 ヴィグバルトが、安らかな表情を浮かべる。

 しかしそれもつかの間、彼の姿は消失しなかった。


「!? どういう、ことだ!」

「落ち着くが良い。汝が魂は、確かに救済されり。だが姿が消えぬ真意、この神錘にて問う」


 代行者はスッと、神錘を取り出す。


「我は問えり。我が目の前にいる炎竜は、死すべき者かを。神錘よ、示したまえ」


 代行者の問いに応じ、神錘が反時計回りに回る。

 果たして――神錘は、七色に光り輝いた。


「汝が魂の有りようを、汝が決めるべし……とのことだ」

「それは、いったい?」


 正気を取り戻したヴィグバルトが、尋ねる。


「汝、死を受けるか……あるいは、霊体なれどその命、何かのために役立てるか。自ら定めよ」

「であればそれはもう決めている」


 意外にも、ヴィグバルトは即答した。


「その聖なる斧から、意思が伝わった。『この人――貴殿を助けてほしい』、とな。幼子のように、優しく純粋な意思であったよ。これを聞いては、私の生前のあり方を再び思い出してな」

「ならば、汝、我らに同行するか」

「然り。神錘の代行者よ、私にともをさせてほしい」


 竜の姿のままで、ヴィグバルトが頭を下げる。

 それを見た代行者は、答えを向けた。


「汝の望むままにするが良い。だが、その前に一つ、授けるものがある」

「……それは?」


 ヴィグバルトの疑問に応じ、代行者がヴィグバルトの霊体に手を触れる。


「はぁっ!」


 一拍おいて、黒い粒子がヴィグバルトの全身を包みだした。


「これは……私に、肉体にくたいを?」

「否。肉体と呼べるものには非ず。されどからであり、汝が魂を収めるうつわなり。それは仮初かりそめなれど、魂というはあるべき所にあるが道理」


 ヴィグバルトの霊体――魂を収めるための殻を、代行者はこしらえたのだ。実体は相変わらず持たないが、これで代行者とミミミは彼に触れることが出来る。


「……感謝する」


 たとえ仮初といえど、肉体らしきものを再び授けられたヴィグバルトは、代行者に短く感謝を伝えたのであった。


「……示された、か。では、新たなる場所へ向かえり。ヴィグバルトよ、汝が縛めは既に解けり。望むままに、飛び立つが良い。……さてミミミよ、来るが良い」

「みー、はぁい」

「では、この天井を焼き尽くすとしよう」




 それから数瞬して、常闇の要塞から天にも昇る青の火柱が噴き出したのは至極当然の出来事である。


---


★感想

 有原陣営5人目(5体目)の、特殊勝利の対象者。


 存在自体が「天啓」といえる敵。

 強い弱いで言えば間違いなく「強い」のだが……正直、それは話題にしない。


 実は有原、ヴィグバルトに相当する存在として独自の味方ユニット“炎竜フランメ・ドラッヒェ”というのを作ろうとしていた。

 これは言ってしまえば赫竜エクスフランメ・ドラッヒェの下位互換といえ、当然出身もゼルシオス君たちの世界である。代行者の友兼移動の足として、だ。


 しかし、公開タイミングが公開タイミングだけに、「それをする必要はないぞ、有原」と神様に止められたがごとき感覚を覚えた。もはや奇跡としか言いようがない。

 境遇としても、見定めた勝ち筋としても代行者サイドに組み込むにふさわしいユニットであったため、こうして特殊勝利と相成ったのである。


 ゼルシオス君の場合なら、ドミニア――さらに言えばエヴレナ様から付与された竜特効によって勝てていた。フレイアとヒルデも同行して、だ。ただし行くまでが大変なので、そういう意味では相手には不適当。

 ゲルハルトの場合、神性持ちなので霊体にも通じる――だろうが、やはり今のゲルハルトのいる場所が場所なので遠すぎる。そもそもゼルシオス君と同行中。よって彼も不適当。

 桜付きの場合は……言うまでも無し。勝負にならないので封印状態。


 彼の戦闘スタイル、特に「蒼炎の呪詛」は使わせたうえで勝ちたかったので大満足。

「幸せな未来」というのを持たず、信じぬ代行者にとっては通じるはずもなかった。これは端的に代行者が特殊な存在であることを示していると思う。


 あと、代行者は実は“Mpm-803 ヴァンフート”を知っている設定。理由はネタバレなので伏せるが。


 文字通り、運命的な出会いと言えるボスであった。

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