『黒竜王』の影(ユニット:ゼルシオス、ゲルハルト)

「最大級に厄介な存在? なんなんだよそりゃ」


 重くなってきた調子をリセットする狙いで、ゼルシオスは敢えて再び話の腰を折る。


「時に、そこのドラゴンのお嬢さん」

「私?」


 ヒルデが突然指名され、驚きの表情を見せる。


「“黒竜王こくりゅうおう”という名前を聞いたことはあるかにゃ?」

「な、ないです。初めて聞きました」


 あたふたするヒルデがゼルシオスを見る。

 しかし、ゼルシオスも同様で、首を振った。


空獣ルフトティーアは真面目に調べてたんだがよ、そんな種類の竜種は知らねぇな。つーか、元々俺ら、この世界の存在じゃねぇしな」

「王族ゆえに多くの情報に触れられる私であっても、初耳です」


 ヒルデ、ゼルシオス、アドレーアのヴェルセア王国組は、揃いも揃って知らない様子だ。


「分かったにゃ。そっちの二人はどうかにゃ?」

おれも知らんな。そもそも、おれたちの故郷であるベルグリーズ王国……いや惑星アンデゼルデに、竜のたぐいはいないのでな」

「そーゆーわけでー、ボクらもお手上げ」


 ゲルハルトとパトリツィアのベルグリーズ王国も、まったく同じである。


「となると、イチからキッチリ話すにゃ。――その名は、エッツェル」


 エッツェルという明確な敵の正体を知り、混浴場に衝撃が走る。


「とりあえず、ざっくりと“極めて大きく、極めて強い竜”だと思ってくれればいいにゃ。あと、竜族に強い思い入れがあるみたいだから、竜族を見るやいなや勧誘しにかかるにゃ。とはいえ、今のお嬢さんヒルデなら大丈夫そうだけどにゃ」

「大丈夫? 私が、ですか?」


 首をかしげて困惑するヒルデ。

 しかし、ゼルシオスは思い当たることが一つだけあった。


かよ。嬢ちゃんエヴレナの」

「たぶんそれにゃ。今の君たちからは、奴の嫌う加護がかかってるにゃ。というか、この……何だっけ?」

「ドミニア、な」

「そうそう、ドミニアにゃ。全体にかかっているから、この中にいる限りは安全……とは言い切れないけど、比較的持ちこたえられるにゃ。でも、過信は禁物にゃ」

「そんなにつえぇのかよ、そのエッツェルやらプレッツェルってのは」

「エッツェルにゃ。少なくともただの人間が勝てるものだとは思わない方がいいにゃ」


 調子に乗ったそぶりを見せたゼルシオスに、しっかりと釘を刺すシュレーディンガー。


「あ、そうそう。普段は人間の姿をしてるにゃ。けど、遠目からでも分かるくらい、凄まじい重圧プレッシャーをしているにゃ。ただそこにいるだけで、加護が無い人間なら動けなくなって失神間違いなし、にゃ」

「冗談じゃねぇな」

「本当に冗談じゃないにゃ。ただでさえ……概念体のわたしでさえここまで恐れるほどに強いのに、そのうえさらに絶望そのものたるピトスを取り込んだのにゃ。惑星を通り越して世界がいくつ滅亡するか、考えたくもないにゃ……」


 ゼルシオスやゲルハルトたちに突きつけられる、圧倒的な脅威。

 それはもはや、いっときとはいえ平和である今を忘れさせるほどの圧があった。


「とりあえず、わたしが知ってるのはここまでにゃ。あとのことはどうするか、任せるにゃ」

「……ほっとけねぇなぁ。ほっとけねぇ」

「同感だ。事実であるならば、引いてはならない。ことは、恐らくだがアンデゼルデにも波及するかもしれないのだから」


 即答で返したのはゼルシオス、そしてゲルハルトであった。


「クソ女神アマにタンカ切っちまったからな。それに、そのエッツェル……ほっとくと、つまんねぇどころの騒ぎじゃなさそうな気がプンプンするぜ」

「その通りだ。助力を乞われてやって来たのだ、脅威があるならば排除しなくては」


 顔を上げ前を見据える二人の瞳には、炎のように強く光のように鋭い眼光が宿っていた。


「であれば、私はゼルシオス様にお付き合いしましょう。元より、正妻としてそれを求めておりますので」

「私も、ご主人様とならどこまでも、だよ!」


 ゼルシオスの意思に呼応するは、アドレーアとヒルデであり。


「さっすが、ボクが惚れた男だねー! ゲルハルトー、全力でお手伝いしちゃうよー」

「相変わらずだな……とはいえ今回はそういう気持ちに救われそうだ。頼むぞ、パトリツィア」

『私もお忘れなく。しばし口を挟む余裕もありませんでしたが、貴方により強い加護を授けようかと思っております』

Asrielアスリール……母さんもだな。忘れちゃいないさ。アンデゼルデを、ベルグリーズを守るのと同じように、この世界を守ってみせる!」


 ゲルハルトの闘志を支えるべくして寄り添うのは、パトリツィアとAsrielアスリールである。


 そんなゼルシオスとゲルハルトを見て、シュレーディンガーは。


「はぁ~~~……。人間って、こんなにも強く、前向きになれるのにゃ~~~。あと、二人とも顔も身体カラダもイケメンにゃ~~~」




 のぼせ気味なのも相まって、マタタビを嗅いだ猫のようになっていたのであった。

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