この人騒がせどもが!1(ゼルシオス vs 輝く翼のハルカナッソス)

「厄介者だぁ?」


 ゼルシオスが、エヴレナの言葉に反応する。


「ええ。厄介も厄介、そんな無法者たちがいるの」

「この辺にかよ? もっと情報が欲しいぜ」


 ゼルシオスの催促に、エヴレナがコクリと頷いた。


「まず、彼女たちは高度20,000m付近にナワバリがあると聞いたわ。ねえ、今の高度はどのくらいかしら?」


 それを受けて、メイド――ライラ・シュヴェリアが腕の端末を起動し、現在高度を確認した。


「およそ6,000mです」

「6,000? それはかなりまずいわね……」


 エヴレナの様子に、ゲルハルトが疑問を抱く。


「何がどうまずいんだ? 山脈周囲を迂回するように飛行するのであれば、今の高度で十分なはずだろう」


 山脈を直接またがるように航行しているわけではないドミニアは、それでも一般的にはかなりの高度を飛んでいる。


「とにかく高度を上げて。今のままで、無事で済むとは思えないわ」

「……だろうな。俺も俺で、不安になってきたぜ」


 嫌な予感を覚えたゼルシオスが、ある場所へ向けて足を踏み出す。


「どこに行くつもりだ?」

「格納庫だよ。ただし、今回は散歩じゃねぇけどな」

「ついていくとしよう」

「ご主人様、私も!」


 フレイアとヒルデが同行の意思を示すと、ゼルシオスは「勝手にしろ」とだけ言ったのであった。


     ***


「ここに来てから乗んのは初めてだな」


 格納庫に到着したゼルシオスは、全高43mを誇る漆黒のADCERアドシア――空戦特化型、特にヴェルセア王国製のものは“対空獣ルフトティーア”を意識した人型機動兵器のことだ――の前に立つ。

 自身の重素臓ゲー・オーガンを励起させ、リフトを用いずに胸部コクピットへと入り込む。


「その初仕事に偵察ってのが、いかにも“らしい”わな」


 曖昧な言葉でぼかしてはいたが、ゼルシオス自身は目的を持って出撃している。

 高度を上昇させつつあるドミニアから発艦して、問題の20,000m付近を偵察するのが彼の目的だ。機体内は与圧されるため、高山病のような低酸素に基づく症状を無視しうるうえに――彼の世界における大気圏内の最高高度は、最低でも10万m程度存在する。ADCERアドシアというものは、20,000m程度でどうにかなるような設計ではないのだ。


 機動手順を着実に進めたゼルシオスは、自身の愛機の名前を呟く。


「そんじゃ、行くぜ。ヴェルリート・グレーセア」


 その言葉に呼応するかのように、ヴェルリート・グレーセアと呼ばれた機体のカメラアイが強く発光した。

 一瞬遅れて、格納庫のハッチが開く。アドレーアによって既に指示が送られており、ヴェルリート・グレーセアを発艦させる準備が整えられていたのだ。


「手回しが早くて助かるぜ。……っと!」


 急激な加速に耐えながら、ゼルシオスはヴェルリート・グレーセアを無事、発艦させたのである。


「やっぱ空は違うぜ。つーて、遊んでもいられねぇけどな」


 そもそも今回は遊ぶためでなく、(ゼルシオスにしては)かなり真っ当な理由で出撃したのだ。

 高度をどんどんと上げていき、あっという間にドミニアとの距離が生まれる。


「おい。少しは待て」

「ご主人様ー、置いてかないでくださいよー!」


 と、フレイアとヒルデもまた、ゼルシオスと合流する。

 空獣ルフトティーア、それも最高位クラスの赫竜エクスフランメ・ドラッヒェである二人は、本来は高度90,000mという超が付く高高度にて住まう種族だ。「高高度にいる空獣ルフトティーアを殲滅するために設計された」というADCERアドシアやヴェルリート・グレーセアとは違う、先天的な高高度適正を持つため、たかだか20,000m程度では不調など起こさず、むしろ本来の高度に近づきつつあるため逆に本調子を取り戻しているともいえる。


「もう追いついてきたのかよ。さすがっつーか、なんつーか」


 ゼルシオスは積極的には二人を止めず、同行させるに任せている。

 言っても止めるようなことは無いと直感で判断しているため、無駄なことはするつもりがなかったのだ。


「それにしても、なんか遠くにたくさん見えるぜ」


 ヴェルリート・グレーセアの高解像度カメラにより、望遠された画像がゼルシオスの視界に映る。現在高度は17,000m程度だが、画像に捉えた対象が小さいため詳細な解像のために望遠せざるをえないのだ。


「翼の生えた奴らがひい、ふう、30人くらい……ん?」


 と、ゼルシオスが一人の動きに違和感を覚える。


「何か振りかぶって――ッ!!」


 人影の一人が棒状の何かを投げた途端、ゼルシオスはヴェルリート・グレーセアを素早く動かす。

 果たして――ヴェルリート・グレーセアは二本の指で、投擲とうてきされたもの――斧槍ハルバードをガッチリと挟み込んだのだ。


「槍だぁ? って、動いてんじゃねぇか!」


 しかし挟まれたにもかかわらず、ハルバードはギチギチと意思を持ちもがくかのようにヴェルリート・グレーセアの指の間で動き出す。

 抑え込もうとしたゼルシオスだが、マニピュレーターを壊しかねないほどに強く動いたため、やむを得ずハルバードを離した。


 その次の瞬間、ハルバード――エシュロンは投擲した者へと戻っていく。


「アタシの初撃を防ぐなんてなぁ! このハルカちゃんがほめてやんよ!」


 高い声で叫んだのは、翼人の一人――ハルカナッソス。




 またの名を「輝く翼のハルカナッソス」と呼ばれる、不良女性翼人集団レディースのリーダーであった。

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