運命は捻じ曲がる(神錘の代行者 vs 悪代官 ルドヴィゴ伯爵)

「我らはここにある。なんじが務めを果たすことを、手助けされたゆえ」


 神錘しんすいの代行者は、エリア2-2:大瀑布、その中にある屋敷の一つの正門前へと転移していた。正確には彼が能動的に転移したわけではなく、謎の機体が代行者をミミミと共に転移させたのであるが。


「みー……こんなとこに、死ぬべき人はいるの?」

「汝が疑問を抱くは道理。されども我には、ご意思は示されり。それを汝に見せるとしよう」


 代行者はスッと、神錘を取り出す。


「我は我が心に浮かべたる、近くに死すべき者がいるかを問う。神錘よ、の者が在るかなきか、示したまえ」


 時計回りに回る神錘。

 結果は――黒く、染まった。


「在る、とのことだ」

「みー……死ぬべき人が、いるのね」


 代行者は「しかり」と返しながら、神錘をしまう。

 そして左手をかざすと、SGエネルギーをミミミの身体からだに、密着するように張り巡らせた。


「みー……何、してるの?」

「良し。ミミミよ、おのれの体を、どこでもいいから傷つけてみるがいい」

「分かった」


 代行者の言葉に従い、ミミミが自前のカッターナイフで自分自身の指を切る。


「……あれ?」


 しかし、何度刃を引いても、まるで切れない。刃が肌を撫でる感覚はするが、肌に傷は一つとして付かなかった。


「……何を、したの」

「これはわれが、汝にめたる“かせ”である」


 代行者の言葉を聞いて、ミミミは察した。


「みー……そういうこと? 私が、意図せずして命を奪わないように……」

「まさしく。我より格は劣るといえども、汝は死神。只人ただびとには死そのものであり、汝が望むと望まざるとに関わらず、汝の血や体液が触れれば死がもたらされる。ゆえに我は、死神としての在り方に背かぬよう、共にある限り汝に枷を嵌めたなり」


 先を行く者として、誤った道は示せない。そして命を扱う以上、誤った行いもさせられない。

 かくあるがゆえに、代行者はミミミの能力を縛り付けたのである。


「でも、これじゃあ死神としての役目を果たせない」

「案ずるな。役目を果たすべき時には、その時にのみ枷をくなり」

「みー……信じる」


 ミミミの肯定を見た代行者は、屋敷へと向かって足を進める。

 と、当然と言うべきか、ハルバードを構えた警備兵2人が、代行者とミミミを呼び止めた。


「止まれ。ここから先は、ルドヴィゴ伯爵閣下かっかの屋敷なるぞ」

「怪しい見た目をしているな。身体検査をしてやる」


 警備兵に呼び止められた二人は、足止めを受ける。

 しかし代行者は、既に何も持たぬ両の手をゴキリと鳴らすと、短く呟いた。


「汝らは死すべき運命さだめの者にあらず、されども我らを遮るがゆえ。眠るが良い」


 そして、SGエネルギーを警備兵二人の全体にまとわりつかせる。


「何を変なことを……ッ!?」

「力が、力が抜けていくぅ……」


 喋るための筋肉以外を弛緩しかんさせられ、動こうにも動けない状態へと陥る警備兵たち。しかし彼らに、感じる苦痛は一切無い。

 やがて、ハルバードを取り落とした二人は、眠るように大地へと倒れ伏した。


「安心せよ。半日も経てば目覚めるがゆえ」

「す、すごい……」


 ミミミは口癖の「みー」も忘れ、感嘆の言葉を呟く。


「ミミミよ。我は汝を導けり。汝は我に、ゆだねるが良い」

「みー……はい」


 そして代行者は、粒子テレポートによって屋敷の門をすり抜け、屋敷内部へとミミミと共に侵入したのである。


     ***


「ぐふふぅ、今日もカティンカの輝きは美しいのぅ」


 屋敷の自室に鎮座するは、代行者の獲物――ルドヴィゴ伯爵。

 彼は領民を家畜――いや菜種なたねのごとく扱っており、富を吸い上げ私利私欲のために回す、典型的な悪代官であったのである。


「太陽にも金剛石ダイヤモンドにもまさる輝き。聖斧せいふの二つ名は、聞きしにまさるものだわい、ぐっふっふぅ……むむぅ!?」


 そんな伯爵の私室を、爆音が揺らす。


「な、なんだ……! ワシの罠か……!?」


 私室の扉をバンと開き、次にやって来るは護衛の傭兵。


「どうした!」

「申し上げます! 屋敷の警備兵が、次々と倒されております!」

「な、なにっ!?」


 突然の報告に、伯爵は脂汗をたっぷりとかきだした。

 屋敷の警備兵が突如として次々なぎ倒される――信じられようはずもない言葉であるからだ。


「ええい、罠はどうした!」

「全て作動しておりますが、どれも賊に傷一つ付けられず……!」

「なんだと!? 賊は、賊はいったい何者なのだ!」

「そ、それが――うっ!?」


 と、護衛の傭兵が眠るように倒れ伏す。

 受け入れられようはずもない現実を見て、伯爵はうろたえた。


「な、何だ――」

「我が名は、神錘の代行者なり。汝に死を与えに来た」

「みー……私は、その弟子のミミミ」


 ゆらりと無造作に現れる、男と少女。

 しかし周囲にまとわせた死の濃密な気配が、伯爵を震え上がらせる。


神錘しんすいは既に、なんじを指し示した。安らかなれ」

「お、おのれ!」


 伯爵は急いでカティンカをひっ掴むと、私室にあった隠し扉で逃走を図る。

 滑り台状のそれは、ただでさえ動きの鈍いうえにカティンカの重量でさらに鈍亀どんがめとなった伯爵でさえも、あっという間の速さで逃がしにかかったのである。


「みー……逃げちゃうよ?」

「案ずるな。神意しんいを問う」


 代行者は再び、スッと神錘を取り出した。


「我は問う。繋がりし地を――」


     ***


「はぁっ、はぁっ、はぁ……」


 息も絶え絶えになりながら、伯爵は屋敷の外に隠していた、信頼できる馬車小屋の近くへとたどり着く。

 バンと音を立てて、乱暴に小屋の扉を開け放った。


「出せ! ワシを急いで――」

「その願いは運命さだめあらず。叶わぬなり」


 声が聞こえた、その瞬間。

 逃走用である秘密の馬車を管理していた男が、脱力して眠るように倒れ伏した。


「ヒ、ヒィッ……!? ど、どうしてここが……!」

われが預かりし神錘にて、この地を示されたゆえ」


 一見して水晶製にしか見えない神錘を、代行者はスッと掲げる。


「そ、そんなオモチャごときに……!」

「しかし、現に我らはこうしてたどり着いた。これは神意が、汝に死を求めるがゆえ」

「お、おのれ……!」


 伯爵は扱い慣れないカティンカを、振り上げようとする。

 しかし屋内、それも狭い小屋では、伯爵の身の丈を上回るカティンカは思うようにしてはくれなかった。


「なっ……!?」


 動揺した隙を突くと、代行者は素早く伯爵の両ひじと両ひざ関節をSGエネルギーで無力化する。


「汝の魂を知れり。汝の御霊みたまは、名君にふさわしき者の肉体からだを奪い、地に生まれ落ちたなり。肉体からだを略奪せし罪は、汝の、いな肉体からだに宿りし在るべき運命さだめを捻じ曲げた。ゆえに、我は汝の魂を還すなり」

「お、お、おのれぇ、下郎が……!」


 もはやわめくことしか出来ない伯爵は、精一杯の罵倒を代行者に与える。

 代行者は眉も心も一つとして動かすことなく、しかし自身の右手をゴキリと鳴らして眼前に掲げた。


「汝の犯した罪……そのいくばくかでも清算してから、魂の裁きを受けるが良い」

「何の権利があって……がぁああああああああああああああああっ!?」


 伯爵の総身そうみに走るは、常人ならば気絶する“痛み”。

 代行者はSGエネルギーを暴走させ、伯爵の痛覚を最大まで刺激したのだ。さらには脳にもSGエネルギーを及ばせ、防衛のための気絶すら許さない。


「あああああああああああああああ、痛い、痛いぃいいいいいいいいいいいいッ!」

「汝の所業、見過ごすことあたわず」


 そのまま数分ほど、代行者は伯爵が死ぬギリギリの領域を突いて、伯爵に地獄の苦しみを味わわせる。

 ややあって、手を降ろした。直後、ミミミの全身から黒い粒子が、離れるように広がる。


「……ミミミよ。枷を解けり」

「みー。はい、分かりました」


 代行者の言葉に従い、ミミミがカッターナイフで自身の指を傷つける。

 そして、血のにじんだ指で、伯爵の唇を撫でるようにして血を塗りつけた。


「舐めて。楽になりたかったら」

「は、はいぃ……」


 痛みという痛みを味わわされ、もはや逆らう気力も何もかもを折られた伯爵は、ミミミの言葉に従い血を舐める。


 ……その直後、ミミミの血が作用し、伯爵の全身という全身から血を噴き出させ――伯爵に、死をもたらした。


善哉ぜんざい。ではミミミよ、我は再びかせを嵌めり」

「みー……はぁい」


 代行者はミミミの全身に、再びSGエネルギーをまとわせた。そして伯爵の死体にSGエネルギーを加え、血の一滴すらこの世に残さず消し去らんとする。


「……む?」


 と、代行者は、既に黒い粒子が出始めた伯爵の亡骸なきがらに握りしめられたカティンカに目を奪われる。


「みー……どうしたの?」

「我に私財を蓄える私心は無いのだがな」

「みー。でも、この子カティンカ……連れていって、ほしいみたい」


 聖斧なれど意思持たぬはずのカティンカは、しかし代行者の意識をきつけてやまない。


「ふむ。であれば、元の持ち主が現れるまでは、責任を持って預かるとしよう」

「それがいい。この子も嬉しそうだから」




 かくして世の中にはびこる悪の一人を倒した二人は、罠によって燃え盛る屋敷を後にしたのであった。


---


★感想

 蹂躙。「神錘の代行者をまともに戦わせたらこうなる」という良い例。チートがチートとして機能している、とも言う。


 ミミミちゃんを仲間にしていなければ選んでいなかった相手。

 理由はいろいろとあるが、「粒子テレポートによって罠を無効化する。バリアとしてもテレポートとしても機能するので、即死の威力持ちだろうと落とし穴だろうと、当たらなければ意味が無い」が最大の理由。そりゃあ正面戦闘最強クラスの代行者をぶつけたらこうなるわ。


 それでもなお選んだ理由としては、「(竜特効の能力を持つ)カティンカを代行者に持たせたいから」と「ミミミちゃんの(有原による描写中で)の相手にしたかったから」の二つ。特に後者の理由が8割を占める。前者の理由もあるにはあったが、前述通り代行者単体だったら伯爵を選んでいなかった。だって勝負にすらならないから。


 罠というギミックをことごとく無視したのは土下座案件。

 言い訳じみたことになるのは百も承知だが、舞台裏ではドカドカ作動させながらも、代行者とミミミちゃん(代行者の“枷”によって強力なバリアを張られている)は無傷で、徐々に確実に、しらみつぶしかつ一筆書きの要領で伯爵の元へとドンドン迫ってきた。こういうのこそ本編で書くべき内容なのかもしれない。申し訳程度に「罠が作動して屋敷大炎上(物理的な意味で)」は反映させた。


 ただし、読者諸兄の溜飲を下げるために、また罠の描写をほぼ削った代償として、伯爵にはしっかり苦しんでもらった。名君となるべき者の肉体を奪って生まれるなど、言語道断もいいところである。代行者とミミミちゃんは知るよしも無いが、領民たちの溜飲も下げる結果となっている。その後は描写しないが、有原が扱うとしたら「名君が後任として来てハッピーエンド」だろう。一番好きなオチだから。


 ミミミちゃんの初仕事は、頼れる先生のフォローの元にしっかりと果たされました。目指せあと99人。たぶん思ったより早く達成するんだろうけど。


 あ、ちなみに、罠がドカドカ作動しようが何だろうが、代行者のSGエネルギーの効果で死人は伯爵ただ一人。大炎上する屋敷程度では、代行者が護衛の傭兵たちに注入したSGエネルギー量ならば半日程度は十分もつため。

 こういう意味でも「余計な殺しはせず」なのである。見た目的には「思いっきり巻き込んでんじゃねぇか!」というツッコミ待ったなしだが。


 最後に一番気になる点を一つだけ書いてシメとする。

 代行者とミミミちゃんは、南木様の求める通りの殺し方が出来ていたでしょうか?

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