影の王の暴威1(ゲルハルト& vs 黒壁のオルクス)

 先ほどのギガンテアの襲撃を苦も無く乗り越えたゲルハルトとアズリオンは、エリア7-4:黒壁の摩天楼に到達する。


「濃く、深い、絡みつくような悪意が渦巻くな。既にして瘴気しょうきだ」


 神格をもってしても振りほどけない悪意は、呼吸すらも影響を与えると錯覚するほどに息苦しくまとわりつく。

 他のエリアと異なり、異常そのものである永遠の夕刻が、摩天楼全体を支配していた。


「どうすればいい?」


 そんな状況において、ゲルハルトはAsrielアスリールに向け、取るべき手段を確かめる。


『全てを破壊してください。特に、摩天楼は一片ひとかけらのがれきたりとも』

「だろうな。悪意の濃さが段違いだ。惜しまずに行く」


 一見およそ守護神とは思えない回答だが、実はこの行動は正解である。

 というのも、無数の魂が摩天楼に幽閉されているため、手っ取り早くかつ確実な救出方法は破壊一択となる。


「容赦はしない」


 ゲルハルトはアズリオンの頭部機関砲、そしてアズリオンの両手にある大剣からのビーム砲で摩天楼に攻撃を加え始める。ただの一発で摩天楼を貫く高エネルギーの機関砲、そしてただの一撃で摩天楼の全周をビーム砲は、少しずつだが確実に、魂の牢獄たる摩天楼を倒壊させ始めたのだ。


 ……だが、そんな光景を見て良しと思わない者が、一人いた。


「オイオイオイオイィ、私の都市を壊し回るとはいい度胸だなァ」


 全ての摩天楼のうち4割ほどを倒壊させたところで、男がゲルハルトの邪魔をしにかかる。

 都市にある影がアズリオンよりも大きな剛腕となり、殴り壊しにかかったのだ。


「ハッ!」


 ゲルハルトの対応は素早く、剛腕を大剣より放ったビーム砲で両断する。

 影の巨拳きょけんは瞬く間に、姿を影へと戻した。


『ゲルハルト、アズリオン・クラインに変更を。このままでは不得手です』


 と、Asrielアスリールからの指示が入る。

 ゲルハルトは返事の代わりに、すぐに「まとえ、アズリオン」とつぶやいた。


「……チッ、妙に対応の早い。“がれ”が出るよりも先によぉ」


 判断の速さは、男の思惑を外した結果に終わる。

 同時にアズリオン・クラインを装備したゲルハルトは、男の眼前に立った。


おれはシュランメルト・バッハシュタイン。名乗れ、男……否、悪魔よ」


 ゲルハルトが名乗った名前は、真名まなにあらざるもう一つの名前である。ゲルハルトにとって男は「真名を名乗る価値が無い」相手であり、遠回しな挑発でもあった。


「その気持ちわりィオーラ、神格かよ。まあいい。私は“黒壁こくへきのオルクス”。貴様の心を叩き壊し、我が奴隷としてやろう」


 オルクスが名乗り終える――その瞬間、ゲルハルトが剣の切っ先を向け、オルクス目掛けてビーム砲を放つ。

 神性を持つビームはオルクスにとって直撃すれば致死の威力を誇り、かすり傷でも毒のごとくその身をむしばむ性質を有している。


「危ねェ危ねェ」


 だがオルクスは、影による分身を生み出しており、自身は影の中に潜り込んでいた。

 ゲルハルトが破壊した分身は、オルクス本体に何らダメージを与えていないのである。


「悪くねェ威力だ。なら、今度こそ“がれ”だな」


 オルクスは影で鋭利なクリスタル状の物体を生成すると、ゲルハルトに向けて弾丸のごとく射出する。

 ゲルハルトにとってはさしたる脅威ではないが、オルクスはこれで仕留めにかかるつもりでは無かった。


 ゲルハルトが弾丸をさばいているうちに、“がれ”が発動する。

 アズリオン・クラインを装備したゲルハルトの影が、ゲルハルト本人に敵意を持って襲い掛かったのだ。


「ぐっ……!」


 不意打ちの斬撃を、ゲルハルトは大剣でもって受け止める。体勢が不安定ゆえ防御が精いっぱいだったが、それでもおのれ膂力りょりょくを以て影を遠くに打ち払った。


おれの、影だと……!?」

「ヒャハハ、そうだぜェ! てめぇ自身の影だァ! 別に、邪魔なら倒してもいいんだぜェ!?」


 笑いながら、オルクスはさらに弾丸を射出する。

 しかも、今度は影縫いを重ね掛けしたうえで、だ。


「ぐっ、これは……!」


 回避を封じられた。

 八方のどこから飛んでくるか分からない状態において、今のゲルハルトの状態は詰みに近かった。


『ゲルハルト!』

「ああ!」


 ゲルハルトはやむを得ず、神性による力を解放して広範囲を殲滅する戦法に移ろうとする。


「これで――」

「ちょおおおおおおおおおおおっと、待ったぁああああああああああああああッ!!」


 叫び声と同時に、目に見えない衝撃波がゲルハルトの周囲に乱舞した。

 飛来する弾丸を砕き散らし、影縫いを仕掛けたオルクス本体の両腕を切り飛ばして強制解除させ、ゲルハルトを助け出したのである。


「なっ!?」


 ゲルハルトが振り向くと、そこには二刀を手にした男が、奇妙にも空中から漂うように降りてきていたのである。


「俺まで巻き添え食うとこだったぜ。つーか、あのまま続けてたらアンタも死んでたぜ? アンタの戦ってるむなクソわりぃ奴も、確かに死んでただろうけどな」


 話しかけながらも、男は空中で連続して刀を振るう。

 振られた軌跡の大気は、極限の技量によって衝撃波と化し、オルクスの動きを封じていた。


「ぐっ、なんだこれは……ちょこざいな!」


 オルクスは腕を飛ばされながらも影の弾丸を射出しようとするが、男は降りる速度を速める。

 生身であり食らえば死ぬこともあり得るのに、男の体にはただの一発も命中弾は無かった。


「はぁ、邪魔くせぇから大人しくしとけ」


 男はオルクスの首をはねるように、衝撃波を飛ばす。

 神性を持たず致死の威力たりえないが、それでも再生のために時間を稼ぐ程度の意味合いはあった。


「さて、いきなりだけどアンタと一緒に戦うぜ、イケメンあんちゃん。まだあいつ死んでねーからよ」

「お前……いや、君は何者だ?」


 ゲルハルトが、男に問う。

 男は白い歯をニカッと見せながら、問いに答えた。




「俺の名は、ゼルシオス・アルヴァリア。なんかアンタを助けたら面白そうだからここに来た」

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