汝、在るべきものに非ず(神錘の代行者 vs〝推究〟の概念体【Knox's】)
「異質な気配を感じるな」
男――
目には見えず、しかし確実に目の前に迫る気配を前に、代行者は意識を集中させる。
「踏み入れば我が神性を打ち消されると見た。
己がこの場に在ることに、いかなる目的があるのか。代行者はわずかな時間で、それを悟ったのだ。
「これも、我が務め」
意識を集中させ、覚悟を決めた代行者は、目の前に迫る気配に足を進める。
わずか30歩ほど進むと、思わず眉をひそめた。
「なるほど。これは、すぐ近くに“在る”な。何者かは分からぬが……」
代行者が、透き通った
「我は我が心に浮かべたる、近くに在る者の存在を問う。神錘よ、
反時計回りに回る神錘。
やがてそれは、黒く染まることで結果を示した。
「
気配も敵意も感じられず、しかし理から逸脱せし何かがいるという確信だけは得た代行者。
それを覚えつつも、あえて敵意をむき出しにしてそれを保ったまま、もう数歩踏み込んだ。
「ここが
その、次の瞬間。
「…………」
気づけば代行者の5m程度先に、初老の男が立っていた。
藍色のスーツ、茶色のインバネスコートと目深に被った鹿撃ち帽、そして葉巻をくゆらせている存在は、無表情に代行者を見つめている。
代行者はわずかな驚きを込めて、率直な言葉を向けた。
「我に気配を悟らせぬとはな。……
「いかにも。我は〝
ノックスと名乗った初老の男は、ゆっくりと顔を上げて代行者に告げる。
「我が罪、か」
「そうだ。汝、『犯人』――罪を持ちし者なり。我はその罪を暴く者なり」
“罪を暴く”。その言葉に反応した代行者は、言葉をノックスに向ける。
「確かに
「
ノックスが抱える特殊能力【Ten Commandments】――すなわち十の戒律。
これは「犯人」たる代行者と、時に「探偵」たるノックス自身とに強制され、力や存在、そして概念を縛るものである。
その片鱗を今の会話で察知した代行者は、言葉を重ねる。
「見たところ汝は、常に罪を暴く者であろう」
「
「ならば汝は、罪を暴くという罪を犯しているのではないか?」
「否。これも戒律の七ゆえ、我は『犯人』にあらず」
戒律の七、「変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない」。強制的に役割を固定する
これがあるゆえにノックスは常に必ず「探偵」であり、今眼前に立つ代行者は既に「犯人」と定められている。
(ならばこれはどうだ)
と、代行者が自身の体をSGエネルギーに変換し、ノックスを仕留めにかかろうとする。
(……む)
しかし、代行者の体には何の変化も起こらなかった。
「無駄である。戒律の二、加えて三により、我が常人である限り汝もまた常人である」
「そういうことか」
戒律の二、「探偵はその方法に超自然能力を用いてはならない」。これは「探偵」であるノックス本体の能力を、人間のそれと同程度に縛るものである。
そして、戒律の三、「犯行現場に秘密の抜け穴・通路が二つ以上あってはならない」。異能による離脱を許さぬそれは、戒律の二と組み合わさることにより戦闘に伴う異能での移動ですらも封じた。
と、代行者が
それを見つめている代行者は、無言であった。
……実はノックスには、弱点が存在する。
それは、「話しかけられれば必ず答えること」である。探偵として存在するがために、いかなる言葉であってもノックス自身に向けられたものであれば、絶対確実に何らかの返答を示すのだ。逆に言えば、話しかけられなければ返答しない。
そしてノックスには、「読み解く者」という、代行者が踏み入れた領域である半径200
代行者は彼自身の言葉通り、数え切れないほどの業――人殺しの業を背負っていたのだ。この事実はノックスにとって何の苦も無く、しかも数秒と経たぬ速さで読み解けるものである。
と、代行者がノックスに向けて話しだす。
「汝が姿は、既にこの神錘にて示された。その
「それは
「否だ、ノックスよ。汝は『犯人』に非ず。しかし、この世界に在ってはならぬ存在だ」
「在ってはならぬ存在とは、何者か」
意図を掴めぬ――少なくともノックスにとっては――代行者の言葉に、ノックスは表情を崩さず、しかし明らかな戸惑いを示す。
だが、代行者は、ごく短く返答した。
「汝を在るべきところに
「その言葉の意図を掴めず」
代行者は、ゆっくりと足を踏み出す。
言葉を途切れさせた彼を見たノックスは、既に「読み解く者」によって彼の生き
「犯人は――」
しかし、ノックスの言葉はそれ以上続かない。
彼の晒した隙と、代行者の生身の肉体による神速の踏み込みとが合わさり――いつの間にやら代行者の両腕から飛び出していたブレードで、ノックスは首を切り離され心の臓を貫かれ、「死」を迎えていた。
材質が特殊とはいえ、ただの金属による刃物での刺殺にして斬殺は、十の戒律のどれにも
そしてノックスは、戒律の二によって自らを「人間」としていた。その「人間」たるノックスが「人間として死を迎えた状態」となった以上、犯人に殺害されるという敗北を迎え――くわえてその身は、消滅しようとしていた。
「
ノックスは人の姿こそ取っているが、その
死をつかさどり、死すべき生あるものに死を与える代行者であっても、生や死を超越した存在に対して完全なる死を与えることは出来なかったのである。
「……受け入れよう。我の負けだ」
最後にノックスは短く呟くと、その存在を徐々に、そして完全に消失させたのである。
それを見た代行者は、無感動に呟いた。
「我が務め、果たしました」と。
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★感想
強い。間違いなく強い。有原陣営の初戦で倒して良い相手か(しかし「初戦で倒すべきでもある」とも)と思うくらいに強い。
その強さたるや、「時期的な問題で、有原ユニットより先に作られていた」かつ「有原は自主企画参加以前に『〝推究〟の概念体【Knox's】』の事前情報を得ていなかった」がために偶然と言うほかないものの、どう考えても有原陣営のメタを張るためだけに作られたユニットとしか思えないほど。
強さというより厄介度合いとも言えるが、有原陣営の4分の3(ゲルハルト、神錘の代行者、???)は神性持ちであり、また4分の3(ゲルハルト、ゼルシオス君、???)は
強さと厄介度合いの総計は、有原(本編中では“???――以降、感想をはじめとしたメタ視点でのみ「桜付き」と呼称する”)が最優先で排除を決定するレベル。だってそこにノックスがいるだけで戦略のほとんどを邪魔されるんだもん。
ぶっちゃけ、ノックスの存在そのものやこのエピソードである対ノックス戦は、いろんな意味で「神錘の代行者がいて良かった」と思えるほど。
本編時点で領域の半径は200mに拡張させたが(初期は設定を見る限り100m)、これはメタ的な理由で有原の参戦が遅れたことを反映させる意味も含まれている。少なくとも他陣営に比べ、作中時間では三日(72時間)以上は遅く参戦している。
桜付きは粒子テレポートにおけるステルスフィールドの特性上かなりの高度を取っているが、時間とともに拡張していくノックスの領域は最高で半径1,000mにもなり、そうなるともはや高度を取った状態でも油断できない。というかうっかり領域に入った時点で、機体の存在自体が封印されかねないレベル。
これゆえ、「そこにいるだけで戦術どころか戦略までもが台無しになりかねない」存在のノックスは、(作中では)桜付きの指示によって神錘の代行者を派遣され、十の戒律に
ノックスの創作者であるソルト様への
ただしこれをやると、「ソルト様への敬意も何もないノックスの扱いゆえに全方位からの不評間違いなし」、「有原自身が縛った『桜付きは積極戦闘に用いることなかれ』に反する」、「描写の見栄えも何もないために興ざめ待ったなし」、そして「戦術や戦略を考えることをやめた有原の怠慢およびそれに伴う『作者としての無能を示す』」というまったく嬉しくない敗北の4連コンボを食らう。
余談であるが、桜付きは舞台装置、あるいは特殊勝利を目指す戦闘にしか使ってはいけないのである。
話を「強さと厄介さ」に戻すが、ノックスは強さ自体はそこまでではないと見る。耐久力としては人間――成人男性程度と見なせるし、逃走手段も(「ただの人間が可能なこと」に限られるとはいえ)存在したうえで追跡もしてこないし、そもそも“そこら中をふらふら”という記載上ではノックス本体の移動自体も敵対存在が領域外ならばおそらく徒歩程度。
しかし厄介さとなれば、領域内の瞬間移動に十の戒律と、取る手段を大きく縛ってくる。異能持ちは異能を縛られ、機体持ちは機体を縛られるうえに、対ノックス側の攻撃手段は「ただの人間が可能なこと」に限られる。21世紀の地球に存在する通常の拳銃でもあればまだ少し楽だっただろうが、いかんせん縛りの範囲が大きすぎるためにユニット次第では逃走以外詰むこと待ったなしである。
ソルト様は「正直別に倒さなくてもいい相手」と評したが、有原陣営にとっては存在自体が都合最悪と言えるものであり、こうして初戦で対峙・始末させていただく運びとなった。ちなみに元々は(有原陣営全体で)2戦目の相手となる予定だったが、「最優先で倒すほどに脅威である」という事実を示すため、熟考の末時期を前倒しされたという舞台裏がある。
ここからは番外編として、桜付きを除く(重ねて書くが戦闘自体が反則のため)有原陣営の別ユニットで戦った場合のイフを想像してみる。
ゲルハルトの場合、ノックスとの相性は最悪。十の戒律によってアズリオンという存在意義のほとんどと言える装備を無効化されるため、取れる手段が「連続殴打による死を与える」か「全力で逃走する」かの二択しかない。しかもゲルハルトはノックスの特性を知りようがなく、ノックスそのものも敵意を持たないためにゲルハルトがノックスをしばらくの間敵と認識できず、そのうえ性格上話しながら倒すとも思えず、加えて本編や番外編で(理由はさておき)何人もの命を奪ったがために、“罪”の大きさはべらぼうなものとなる。つまり勝てる算段がほとんど無い。
ゼルシオス君の場合、意外にもノックスとは相性が良い。十の戒律のためおそらく領域外に限られるが、未来予知じみた直感持ちのためにそもそも戦闘そのものを回避できるし(退避を決定した時点で、領域外端部と自身との距離が他の人物たちよりも余裕がある状態になる。つまり余裕を持って退避できる)、戦うとしても領域外にいるうちにノックスの特性を直感で悟れるため「出会った瞬間なます切り、距離があっても話しかけ続ける」で速攻で勝負を決められる。
ちなみにゼルシオス君の持つ技に「
※ソルト様から応援コメントを頂きました。「『純粋な身体能力から繰り出す絶技』であるのなら十戒には触れなかった」とのことであり、ゼルシオス君の技は異能を用いず肉体能力だけで繰り出す設定のため、“距離があっても首チョンパ”が確定します。
これを見て「なんでゼルシオス君で倒さないの?」と思った方がいるだろうが、それは「本編での時系列的なパラドックスを避けるため」である。ノックス戦はセントラルことエリア0-1の東側だけど、ゼルシオス君は同タイミングで西(エリア7)に向かっている真っ最中だからね。こういう意味でも「神錘の代行者がいて良かった」なのだ。頭数の問題で。
代行者とノックスのそれぞれの性質上、決着そのものは一瞬だった……が、掛け合いの良い練習となった。
たぶん本編の半分が掛け合いで出来ていると思う。
あと、感想が全体の過半を占めているのは、それだけノックス――改め「〝推究〟の概念体【Knox's】」に対する感動や感謝が大きいというもの。
ここまで書きたくなるユニットを作ってくれた事実を受けた有原は、ソルト様に頭が上がらない。本当にありがとうございます。
初戦にして素晴らしい逸脱者と戦わせていただきました。
なお、「ここはこの戒律に反しています」という場合やその他感想などございましたら、応援コメントをいただきたく存じます。内容によっては
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