プロローグ:神錘(しんすい)の代行者

神錘しんすいなんじを指し示せり。安らかなれ」


 ふちまでもが闇のように黒いローブをまとった男が、左手に吊るしたおもり――ペンデュラムを眼前の別の若い男に突き付ける。本来透き通っている水晶の錘は、しかし若い男の運命を示すがごとく黒に染まっていた。


「ク、クソがぁ!」


 若い男がナイフを握りしめ、ローブの男に突進する。

 しかしローブの男は、淡々とした様子で立っていた。


神錘しんすいが示した運命さだめからは逃れられん」


 男は錘を持つ左腕をゆっくりと下げると、何も持たぬ右手をゴキリと鳴らす。


「受け入れよ」


 そして何かを握るような手の形に右手を整えると、手のひらを向けて眼前にかざした。

 次の瞬間――若い男に異変が訪れる。


「がっ、あぁ…………!?」


 たちまちのうちに、喉を、肩を、胸を乱雑にかきむしる若い男。

 何かで絞められている感触から逃れんと、爪が皮膚を裂き血を出しても、その手を止めない。


「我らが故郷を乱した罪――そのいくばくかでも清算してから、魂の裁きを受けるが良い」


 そう最後に告げたローブの男が、右手を完全に握りしめる。

 若い男はガヒュッと喉を鳴らしてから、物言わぬむくろとなり……黒い粒子を漂わせながら、倒れ伏せた。


「これにて、現世での裁きは済んだゆえ。……だが、我が主がお呼びだ。行くとしよう」


 ローブの男は、どこへともなく歩いていく。


     ***


「ここに」


 王城の庭にたどり着いた男は、自らの存在を手短に示す。


「来たか。ともをせよ。俺と我らが神の心を汲んで、ある世界を救うぞ」


 そこに先んじて立っていたのは、黒に桜色と金とで飾り付けた巨大な人型ひとがたであった。

 その人型から、青年の通る声が響く。


 次の瞬間、人型がローブの男に向け、ゆっくりと手を差し出した。


「御意」


 無言の行動から意図を察した男は、短く肯定を伝えて手のひらの上に乗る。

 それを見届けたかのように、人型から黄金きんの粒子が放たれた。




 短く黄金おうごんの光がまたたいた後には、男は人型と共に消えていた……。

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