第41話 涙と迷いの果てに
同じ頃、内裏では今上もたいそうお悩みでした。
「遅い。遅すぎる。実家にどんな事情があるにせよ、この時期まで戻らないのはおかしいではないか」
何かの事情があって、宮仕えを辞めたのだろうか…それではもう会うことすら叶わぬではないか…と、今上は落胆の色を隠せません。対の御方がいつも寄りかかっていた梅壺の真木柱をこっそり眺めては、
「この柱だけが愛しい人の形見だというのも情けない。
つれなさを 恨みしだにも かなしきに おもひ絶えぬる おもひをぞする
(愛しい人のつれなさを悲しんだ上に、さらに諦める痛みを味わわねばならぬとは)
真木の柱よ、君にいつももたれていた美しい人を、とうとう諦めなければならなくなったよ」
とつぶやいて帰ってしまいます。その一部始終を見る梅壺女御付きの女房たちは、
「やっぱり今上さまのお目当ては、うちの女御さまではなく対の御方だったのね」
「あーあ、今さらだけど、なんで今北の方さまに告げ口なんかしちゃったのかしら。これじゃあ人目も取り繕えないじゃない」
「そうよね。今までは一日中梅壺にお渡り下さってたのに、今じゃまるっきり音沙汰なしだもの。恥ずかしいったらありゃしない」
とがっかりするのでした。
月日の経つのは早いもので、関白邸でも二の姫の四十九日を迎えました。
喪中の間供養を続けていた僧たちも、各々の寺へと戻って行きます。関白家の人々は、
「朝夕の念仏の声に慰められていたのに…さびしくなるのう」
と嘆いています。東雲の宮も、喪が明ければこの家から自邸へ戻らねばなりません。関白大殿や母上に、
「あなたさまが居てくださったからこそ心の慰めにもなりましたのに、明日から何を姫の形見として生きてゆけばよいのでしょう」
と引き止められ、宮も涙があふれて止まらないのでした。
二の姫にお仕えしていた女房たちも、姫の生前は宮に気後れしてなかなか近づけませんでしたが、喪中の間は夜も昼も共に念仏を唱える毎日でしたので、今ではすっかり宮をお慕いしていました。その美しい貴公子がこの屋敷から去ってしまうのですから、皆声を震わせ泣きあっています。
「どこに居ようとも、この私の心が変わるなど決してありませんよ。いつまでもそなたたちと気持ちは同じなのだから。それを忘れないで下さい」
そう言って女房たちを慰め、夕暮れ時に関白邸を出発することとなりました。
屋敷のあちこちで泣きあっている人々の様子を見ると、宮は後ろ髪を引かれる心地がして、とても出てゆけそうにありません。
涙に濡れる袖を顔に押し当て出発なされたとの報告を受けた大殿たちの心境も、察するに余りあるのでした。
無事自邸に戻った宮に関白大殿から手紙が届き、その痛ましくも悄然とした内容に、お返事も出来かねる宮なのでした。
その一方で、自慢の愛息子の久しぶりの帰邸に大喜びの父院と母大宮です。
「あなたの帰りを本当に待ちわびていました。まるで千年も経った気分ですよ」
息子が面やつれしているのを気遣う母大宮。関白大殿と母上の様子を聞いた父院と母宮は、
「子に先立たれるとは本当においたわしい限りだ。我が子を思う親のつらさは、私たちにもよく理解できるだけになあ…」
と涙を流してうなずき合うのでした。
一時は二の姫の死で涙に沈んだ東雲の宮でしたが、ひととおりの供養が終わりますと、やはり思い出されてならないのが山里の家の事と対の御方の事です。ほんのわずかな手がかりでもいい、何か進展はないだろうかと姉の中宮の女房の宰相の君に会いに行きましたが、
「まだ何も伺っておりません」
との返事。
何とつれない返事だ、私と姫の仲を取り持ったきっかけの女房なのに、行方知れずの姫が心配じゃないのか…と半分八つ当たり気味の宮です。
「どうにかして私と同じ気持ちで姫を心配している人と語り合いたい。それには山里の尼君しか…」との一心で、ある日の夕暮れ時、山里の家を訪ねることにしました。
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