第40話 民部少輔の画策

さて、対の御方たちが捕らわれている民部少輔の家では、御方の可憐さにすっかりのぼせ上った主人の民部少輔が、無い知恵をしぼり出そうとしていました。

「よくもあんなみすぼらしい妻と長年つれ添ったものだ。あの美しい姫さまを拝み奉り、毎日お世話できたら、なんとも張りのある人生になるだろうなあ。同じ生活するなら、そんな生きがいを持ちたいものだ」

どうにかして妻を追い出し、清楚で可憐な姫と暮らしたい民部少輔です。

「(按察使大納言の)今北の方も、『そなたの好きにしてもかまいませんよ』と仰ってたしなあ。あれはきっと、『逃がしさえしなければ、何をしようがかまわない』という意味なんだろう。とにかく、あの姫さまを我がものとするためには、姫さまに同情している我が妻がなんとしても邪魔だ。こじつけでも何でもよいから難クセをつけて、さっさとこの家から追い出してしまおう」

と考えました。

それからというもの、重箱のスミをつつくような小言やイヤミを言ったり激しく叱責したりして、妻につらく当たり始めました。

妻の方では、そんな夫の浅はかな考えを見抜いていましたが、表面上は何も知らないふりをしています。

「ここで逆らっては、姫さまにどんなことが降りかかるか…今は私しか味方がいないというのに。私がこの家を追い出されたら、誰が姫さまの部屋に出入りできるというの。身の程知らずの夫が我がもの顔でお世話しようと張り切るに決まっているわ。それに私がこの家から居なくなったら、姫さまたちが私を恨むかもしれない。”夫の邪(よこしま)な想いを叶えようとした”って。

困ったことになったわ。母を亡くして伯母のもとで育てられた頼りのない私を妻と呼んでくれた優しい夫だったのに。あまりに美しい人を見ると、男って人柄までも変わるのね。今の夫は私の知らない別人のようだわ。なんて情けない」

対の御方の様子を見に行くと、相変わらず袖を泣き濡らして突っ伏しています。妻は自分が悩んでいることもあり、絶望的な立場の御方に同情しつつ、

「あなたさまの苦しいお立場、物の数にも入らぬ私も本当にお気の毒だと思っております。何とかお逃がしする方法でもあれば…と毎日仏様にお祈りしているのですが、なかなか良い案が浮かびません。この部屋に来れるのは私だけですので、姫さまが消えてしまったとなると、あの恐ろしい夫に私が責められてしまいます。仮に姫さまをお逃がし出来たとしても、女人が二、三人で動けば、小さな我が屋敷とはいえ、門で宿直している門番に必ず見つかって連れ戻されてしまうでしょう。

そうなりますと、今よりもっとひどい扱いをされてしまいます。この身に代えてでも姫さまをお救いしたいとは思っておりますが、見つかって連れ戻された時のことを思うと…なかなか良い知恵を思いつけない私をお許しくださいませ」

泣きながら語る妻に真心を感じた女房たちは、

「今の今まで、神や仏にしかおすがりできないと嘆いていましたので、あなたの言葉が本当に頼もしく思えますわ。何とか脱出方法を考えて、一日も早くここから逃がしてくださいな。あなたさまの誠意、姫さまの御心にもしみているはずですわ」

と、とてもうれしく思い、密かに脱出の案を相談し始めました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る