第28話 今上、対の御方に迫りまくる

対の御方に逢えない寂しさに耐えかねて、わざわざ御方の局に出向いた今上。その今上の目に飛び込んできたのは、つややかな紅梅襲の小袿に梅の唐衣と、華やかさが匂いたつような着物に身を包んだ対の御方でした。

こんなにも美しく着こなしているのに、全く自覚していない当の本人はすっかりしょぼくれ、脇息にもたれてぼんやりしています。

先触れも何もない突然のお渡りでしたから、今上のお越しにようやく気づいた対の御方はあわてて一礼をすると、逃げるように奥に行こうとしました。けれど今上はそれを引き止め、御方の横に腰を降ろします。

「何も恐がる事はありませんよ。あなたがいやがるような振る舞いは決してしませんとも。世間の並みの男ならいざ知らず、無理矢理あなたの心の扉をこじ開けて壊すような真似はしません。ただ、薄情なあなたを恨んでむせび泣いている、哀れな男の話を聞いて下さればよいのです」

と一言おいてから、

「一目惚れとはこういう気持ちを指すのでしょうね。しかし、私の立場上、表立ってあなたをどうこうできないのが悔しいです。私はいつだってあなたのことを考えているのに、あなたときたらまことにそっけない。かわいそうな男よと思っては下さらないのですか?どれだけ気位の高い姫君であろうとも、ここまでつれない素振りはしませんとも。

こんな恋愛譚もあったのだ、と後世にも語り継がれるような恋をしてみたいとは思いませんか?」

と仰せになり、じりじりと間をつめてきます。

対の御方は、間近に見る今上が恐ろしくてたまらず、

「いいえ、いええ、そのようなお振る舞いをなさらずとも、周りの者たちはとっくに存じております。後宮のあちこちで今上さまとこの私の事が噂になっているのです。

私は恐ろしくてなりませぬ」

そう言うなり泣き出してしまいました。

「なんと。それは初耳です。何を証拠に、皆が当てこすっているというのでしょう。世の中のお手本になるべく日々努力している私を、皆が疑っているとは。愛しい人を目の前にして、こんなにもおっとり構えている男はそうそう居ないものですよ。それなのに…」

とささやきながら、さらに迫ってくる今上。

そのうち局の向こうから人声がしてきました。今上は、かたわらでわなわな震えている御方がかわいそうになり、局を出ようと立ち上がりました。部屋を見渡すと、小さい机の上に色とりどりの手紙がありました。その中に、梅襲のいわくありげな手紙が紛れています。手に取って見ますと、


あさかりし 色とうらみし 小夜衣 ふかくはたれか 染めまさるらん

(私との縁が浅いと泣いたあなた。今頃は誰と深い縁とはぐくんでいることだろう)


やはり意味深げな歌がかいてあります。

誰からの手紙だろう、この薫りといい筆跡の見事さといい、とても並みの貴公子のものとは思えない…今上は、手紙の主が誰なのか知りたくなって、じっと眺めていると、

「お許しくださいませっ」

と涙を浮かべた御方が大あわてで手紙を奪ってしまいました。

「やれやれ、あなたが冷たい理由がこれでわかりましたよ。


あさくこく なにに染むらん 小夜衣 いづれの色と いかでしらまし

(あなたはどんな色に染まっているのですか…染めた相手はいったい誰なのです)


いったい誰からの手紙なのですか」

返答に困った対の御方は、


「あさきこき 色とも知らず うき身には 涙にくちし 小夜の衣を

(物の数にも入らぬ身にとって、浅いも濃いもわかりません。涙に朽ちた夜の衣、それだけなのです)」


とだけ返しましたが、あせった様子の対の御方があまりに可愛くて、この期に及んでけしからぬ振る舞いをしてしまいそうな今上です。しかし外の人声は次第に近づき、今上はしぶしぶ帰途についたのでした。

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