第27話 ゴシップに興味津々な女房たち

その後も、今上はせっせと梅壺に渡っては、つれづれのなぐさめに楽器を合わせたりなさいます。対の御方に筝の琴を弾かせ、今上自身は笛を吹いたりするのですが、お二人の合奏を快く思わない女御は、今上に琵琶を勧められても手もつけようとしません。仕方がないので、帝付きの中納言内侍という、琵琶の名手の女房を梅壺に呼び出し、三人で合奏します。それぞれの楽器の上手が奏でる音ですから、のびのびとした麗しさに時の経つのも忘れそうです。中でも、対の御方のつつましやかに奏でる姿、筝の琴への髪のかかり具合などがとても優美で、今上は、

「何という美しさなのだ。それに、鬼神も泣かせるかのような琴の音。どうしてこう、何もかもすぐれているのだろう」

と不思議でなりません。

琴の音とその美しさにすっかり惑わされた今上は、とうとう笛を吹くのを止めてしまいました。対の御方に近づき、その華奢な手を取って、

「こんな華奢な指が、天にも昇るようなすばらしい音を奏でる。いったい誰があなたに教えたのか。お教えくださいませんか」

とふざけたようにささやくのですが、瞳の熱っぽさは恋する青年そのもの。周囲の女房たちも、今上の思惑に気がつかなかった頃は、

「音楽がお好きな今上さまのことですから、対の御方とのお話にも張り合いがおありなんでしょうね」

くらいに思っていたのですが、疑いを抱いてしまった今では、今上の一挙一動に注意して観察するものですから、

「ああ、やっぱりねえ」

「だから言ったじゃない」

「どう見ても、単なる御心遣い以上のものだわねえ」

「そういえば、以前もあんなことが」

「いやあねえ、目の前に女御さまが座ってらっしゃるというのに」

「女御さまもおイヤでしょうね。腹心の女房なのに」

「どろぼう猫って思われているかもよ。ふふ」

と柱の陰や部屋のすみでああだこうだと噂しあっています。

対の御方が一番恐れていたこと、すなわち、同じ梅壺付きの女房たちの口の端に自分の噂がのぼり、ああだこうだとやっかまれることが起きてしまったわけです。



「もうご存知ですか?この部屋の女房たちのおしゃべりを」

ある日、対の御方付きの女房の一人が、他の女房たちが遠くに控えているときにこっそりと耳打ちしてきました。

「女御さまの御前でありながら、遠慮もなさらぬ寵愛ぶり、と皆がひそひそ話しております」

対の御方は、ああ恐れていたことがついに…と激しく動揺するのでした。

「私たちがどうこうできる御方ではございませんし、何事も気づかぬフリで過ごすにも限界がありますわ」

「こちらは何にもした覚えはありませんのに、こんな後ろ指さされる立場になるとは、不本意でございます」

と乳母たちもどうしてよいのかわかりません。

(私は今上さまに思わせぶりな態度をとったことなど一度もないのに。こんなみっともない噂をお父さまがお聞きになったら、どんなにがっかりなさることか。いいえ、お父さまより先に、女房の誰かが今北の方さまに告げ口するほうが怖ろしい。今北の方さまのことだもの、私が今上さまをたぶらかした、と事実をねじまげて受け取るに違いないわ)

右も左もわからないのに、相談できるような人の居ない惨めさで、わが身が情けなくなる対の御方です。

「このままどこかへ逃げてしまいたい。どうしてこんなもの思いをしなければならないの」

と自分の局に引きこもって泣いていると、

「こちら(清涼殿)へ参上しなさい」

との今上からの催促が矢のようにやって来ます。

「気分がすぐれませんので」

と何度お断りしてもいっこうにめげない今上は、その日のお昼ごろ、お見舞いと称して、何とまた対の御方の局へとお渡りになったのです。

先日のお見舞いでは、女御の乳姉妹である小弁の君と偶然はち合わせしてしまいましたが、今度は誰もいないようです。けれど、女房たちは底意地の悪い者や好奇心の旺盛な者ばかり。柱の陰や近くの部屋から、

「ほらほら、お渡りになるわよ」

「ちょっとでも機会があれば…ってカンジね」

と息をひそめて様子をうかがっています。

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