第22話 東雲の宮、山里の家へ愚痴りに行く

それ以来東雲の宮は、前にも増して小夜衣の姫のことばかりを考えています。自分が今いる宮中で、同じ空気を吸って暮らしている、と思うと、それだけで心は千々に乱れます。

この複雑な想いを、山里にいる尼君に訴えてみようか…ある日東雲の宮はそう決心して、洛外へ出かけました。

山松風のもの悲しさも鹿の鳴く声も、何もかもが宮の涙を誘います。懐かしい記憶ばかりの山里の家にたどり着き、やつれた尼君と対面する東雲の宮。

「このような形で再び尼君に面会しようとは思いもしませんでしたが、もの思いに魂が身体から離れていってしまいそうです。せめて尼君に、あの姫の形見としてお目にかかりたい、そう思って、おめおめとここまでやって来た次第です」

宮の憔悴しきった様子に、尼君ももらい泣きしてしまいます。

「身の程もわきまえずに申し上げることをお許しくださいませ。それほど後悔なさるのでしたら、なぜあの頃、姫をほったらかしになさったのですか。誠意を見せては下さらなかったのですか。姫が今どのような暮らしをしているのか、今初めて耳にしました。確かにあの姫は、雲間に宿る月の光のような風情、こんな山里で朽ち果てるような運命の持ち主ではございませんとも。

はるか昔に内裏の空気に慣れ親しんだとはいえ、こんな老いぼれが申すのも失礼なことでしょうが、なんの予備知識もなく、いきなりあのような気苦労の多い後宮へ放り込むのはあまりにお気の毒。息の詰まるような毎日に、姫はきっと病気になってしまいますわ」

姫を後宮に押し込む云々は、宮ではなく、本来なら父君である按察使大納言に訴えるのがスジというものでしょうが、ものの言い方がたいそう雅びで、かつての花形女房ぶりが偲ばれます。

何て情けない殿方よ、となじられたのも同然の宮ですが、言い返す言葉も見つかりません。

「何とも弁解のしようもありませんが、私の結婚の経緯については、私と小夜衣の姫の間を取り持った宰相の君もよく存じているはず。あの結婚は親同士が強引に決めた、まったくもって不可抗力のものだったのです。小夜衣の姫に恋焦がれる苦しさなど、誰の前でも見せられません。それがどんなにつらいことか。気の毒に、と気遣ってくれる人など私の周りには誰一人いません。苦しい思いで不本意な結婚に耐えているというのに、突然山里を降りる決心をなさって、今は何もかも恵まれた後宮でのお暮らし。その上、今上のおぼえもすこぶるめでたいとか。そんな開けた運命が待っているのなら、こんな数ならぬ身の私を見捨てたのも納得が行くというもの。そのことについて、今さら恨んだりどうこういうつもりはございませんが、私の真心…姫を心から愛する気持ちだけは、この私自身の口から訴えなければわかっていただけないと思って、重い足を引きずり引きずり、はるばるこちらまで参った次第なのです」

切々と訴える宮の風情に、悲しみはいっそう増し、お互い涙があふれて止まらないのでした。

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