第4話 押せ押せで説得に励む宰相の君と不安な尼君

さて、こんな風に、鄙びた山里に住む姫の手紙ただ一枚にやきもきしている兵部卿宮でしたが、先帝の御子という主流の皇族のお血筋ゆえ、ぜひ我が娘にお声をかけていただきたいと熱望する公卿たちが、宮付きの女房はおろか、父院にも根回しの嘆願をするありさまです。

社会的地位を約束され、何一つ不足無く生まれ、娘をもつ数多の父親から引っ張りだこの宮なのに、どうしたわけか現世の華やかさには何の希望も持たず、物静かに仏道修行に専念する毎日を送りたいと願っているため、

「親に言われるままに結婚などして、現世につまらぬ縁など持つことに、どれほどの価値があるのだ」

と母大宮のすすめる縁談にも耳を貸そうとはしません。そんな宮を見て、父院や母大宮は、

「どうぞ我が息子がこの世に執着したくなるような絆(ほだ)しに恵まれますように」

と神仏に祈るしかないのでした。

屋敷にお仕えする上﨟女房たちもその辺のことはよく理解しており、そんな女房の一人である宰相の君もこのたびの山里の姫君の出現に、

「ようやく宮さまが夢中になられる姫君が現れたわ」

と大喜びです。

「それもこれもご両親が長年神仏に祈り続けてこられた賜物(たまもの)、ぜひこのお話を取りまとめなくちゃ!」

とあせるのですが、姫の現在の保護者である尼君が病気で、なかなかこちらから無理強いも出来ずに困っています。宰相の君は兵部卿宮に、

「宮さまとはあまりにも身分が違いますゆえ、その場限りで捨てられてしまうのではないか…その事を尼上は懸念しているのだと思いますわ。宮さまのお気持ちは当てにできない、と尼上の心配なさるお気持はもっともな事と存じます。あちらは、『物の数にも入らぬような身の上』と自覚してらっしゃいますから。

どうしても、と宮さまが仰せでしたら、まず姫君の父上であられる按察使大納言さまにご相談してから…そのように尼上は考えておられるようです。

私のたわいもない世間話がもとで、こんな気のもめる事態となってしまい、本当にどなたさまにも申しわけなくて」

としょぼくれながら申しあげました。宮は笑いながら、

「結末を疑いながら始める恋愛なんてあるものかね。確かに、将来自分の気持がどうなるかなんてわかりっこないけれど、相手に恨まれるような愚かな好色さは持ち合わせてないつもりだよ。心配ご無用だと尼上に伝えてもらえないか。恋愛には縁のない人生だと今まで信じ切っていたが、たった一人の運命の姫君を見つけたんだ。もし尼上が、姫君の今後を安心して任せられる後見人が欲しいとおっしゃるなら、この私がすすんでお世話しようじゃないか。その上で、尼上はご自分の後世のために仏道に励んでいただきたい」

と言います。

「誠実なご配慮、本当に恐れ多いことでございます。ところでわたくしこのたびの宮さまの恋煩(わずら)い、内心驚いております。初めて耳にすることでしたから。姫に対する御心ざしがこんなに深いのも、きっと前世からの深い約束に違いないですわ。わかりました。今度こそ宮さまの真心を尼上にわかっていただけるよう伝えて参ります」

「よろしく頼むよ。これでもまだ私の真心に疑いをお持ちなら、今度は神仏に誓ってもかまわない」




それからまた、宰相の君は山里の尼上のもとにお見舞いに出かけました。宰相の君が病気の具合を訊ねると、尼君は、

「いまだに回復の兆しも見えず、かといってすんなり死出の旅にも出られず…こんなに長患いになるとは思いもしませんでした。命とは薄情なものですね」

と弱々しい声でつぶやきます。宰相の君は涙を浮かべながら、

「何を気弱になっておられます。でも、ご自分のお身体のことはご自分が一番ご存知のはず…尼上さま、姫さまの今後のことはお心残りが無いようにご配慮ください。お見捨てのままでは、尼上さまの後生の罪も重くなるのではないでしょうか。姫さまの今後を第一に考えて差し上げなさいませ。兵部卿宮さまのお申し出をお受けになれば、必ずや姫さまにも幸せが巡ってまいりますわ」

と力強い声で尼君を励まします。尼君は、

「そのお話についてはいつも申している通りですのに…。

高貴な女人にさえ御心を分けられたことのない殿方が、どうして物の数にも入らぬような私の姫を人並みに扱って下さいましょうか。兵部卿宮さまがお手をつけられた後、姫がどのような物思いで過ごしてゆくのか手にとるようにわかりますとも。

身分の高い低いに関わらず、女というものは殿方次第でおのれの運命が変わってゆくもの。かわいい姫に、来世までも苦しい女の業(ごう)を背負わせるのも可哀想なことです」

と言います。

「ご心配なさらないで下さい。深い愛情で想うておられる宮さまですもの、急なお心変わりなど考えられません。

確かに宮さまに相応しい親王さまや深窓の姫君は、宮さまの周りには数多(あまた)居られますが、御心をかけられたり御文を通わせたりなさった御方はこれまで私の記憶にはございません。ご両親もたいそう心を痛めていらっしゃいます。『こんなに欲がないようでは、いつ出家という言葉を口にするやも知れぬ』と。宮が御心を寄せるお方ならば、どのような者でも大切にお世話したい、と申されております。

そんな宮が、このたびこちらの姫君に真剣に御心を寄せられているご様子。先日など、『自分の真心を神仏に誓ってでも』とまで仰られたのです。もったいない御言葉ではございませんか」

尼君が不安がるのも無理からぬこととはいえ、なんとかして宮の満足いく方向にもって行かねば、と宰相の君は看病しつつも説得に努め、山里の家で二、三日を過ごすのでした。

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