第37話
空も晴れ渡る初夏の体育館に全校生徒が集まり、若干の蒸し暑さを感じさせながら開会式が執り行われる。
元々体を動かすのがそこまで好きではない俺にとって、待ちに待った……とはとても言い難い球技大会がいよいよ始まろうとしていた。
緊張もあるがそれでも、昨日の練習の成果を経て少しだけ今日の試合を楽しみにしている自分もいる。
「さっきからなんだかそわそわしてるようだけど、もしかして緊張してるのかい?」
教頭によるありがたい話の最中に、周囲に気を遣ってか和泉が小声で話しかけてくる。まあ周りの迷惑を気にするならそもそも話しかけるなという話なのだが、それは今は割愛しよう。ちょうど俺もあまりの退屈さに素数を数えていたとことろだ。
「まあ、多少はな」
「へぇ……、意外だね。あのいつもクールな存瀬くんでも緊張したりするとはね」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ」
何がおかしいのか、声を押し殺してくくくっと笑う和泉を見て、やはりこいつも大概おかしなやつだと改めて思う。
まあ確かに和泉の言うことも実は案外的を射ており、というのも、俺は普段あまり緊張というものをしないたちだ。つまり落ち着きがなかったのも他に理由があるわけなんだが……。
「……これにて開会式を閉じます」
俺が考え事をしているうちに、どうやら開会式は滞りなく終わりを迎えていたらしい。それに続いて生徒たちがぞろぞろと立ち上がり始めたのを見て、俺もひとまず考えるのを後回しにした。
(……まあ、今は気にしても仕方のないことか)
***
「……はぁ、はぁ……ッ」
「存瀬くん、大丈夫かい!?」
現在、10分2クォーター制で行われるバスケットボールの試合の折り返し。二年CクラスとDクラスの試合は、中盤に差し掛かっていた。
ハーフタイムに入るとすぐさま、つい先ほどDクラスの生徒と衝突して転倒してしまった俺の元に和泉が駆け寄ってきた。
「ああ、大丈夫だ」
「ならいいんだけど……。無理は禁物だからね」
「ああ、わかってる。……それよりだ」
実際外傷も痛みも特にない。それに、そんなことよりも目の前の問題について考えるのが先決だ。そう思いながら俺は、我がクラス唯一のバスケ部である丹生の方へ目を向けた。
「さっきから、あと一本、あと一点が一向に縮まらない。この現状を打破するにはどうすればいいか教えてくれないか、丹生」
「……知るかよ。どうせそんなの考えたとこで、まともに練習もしてない俺たちじゃ勝てねぇだろ」
どうせ勝てない、と言う割には、丹生の表情にはあえて言うなら悔しそうな、なんともいえない歯痒さが浮かんでいる。
それもそのはず、現在の14−17というスコアにおいて、丹生が獲得したのは2ポイントのみ。唯一のバスケ部である丹生は徹底的にマークされ、そもそもシュートまで持ち込むことができたのもこの一本だけだった。
「丹生、後半は俺がひたすらシュートを打つから、俺に積極的にボールを集めてくれないか」
「なんだ、勝負を捨ててヤケクソになったか?」
「俺は二本に一本は必ずゴールを決める自信がある。そうすれば相手ももっと俺に警戒して、お前が動きやすくなるはずだ」
どうやら俺の話を聞いていた和泉以外のメンバーは、あまり納得が言っている様子ではない。そんな時、和泉が助け舟を出すように、口を開いた。
「前半の得点の半分は存瀬くんが得たものだ。二本に一本ってのはさっきので証明できているし、どうせこのまま終わるなら僕は存瀬くんの作戦にかけてみたい」
「どうかな?」と最後に付け加えて、和泉はチームメンバーの方へ向き直る。
丹生は少し考えるような素振りを見せているが、ハームタイムももう終わる。やはり先ほどまでと同様に、無策で走り続けるしかないのか……。
「……6割、いや、7割だ」
「……え?」
「だから、ニブイチじゃ足りないって言ってんだよ。俺を使いはしらせるからには、やってくれんだろうな?」
「ああ!任せろ」
待ち臨んだその返答に、俺は力いっぱい応える。
「まあ帰宅部、バスケ未経験者のお前に元々期待してねぇし、そんな肩肘張るなよ」
「そうだね。存瀬くんはいつも通りクール(笑)なのが似合うんじゃないかな」
先ほどの開会式での会話を思い出してか、和泉が笑いを込み上げるのを必死に我慢している様子が窺える。
相変わらず和泉は少しムカつくが、今はそれよりも試合の続きが楽しみで仕方がなかった。
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