第36話
「それでは鈴さん、お先に失礼します」
「はーい、お疲れ様」
明日はいよいよ球技大会本番ということもあり、俺はその日のバイトをいつもより早めに切り上げることになっていた。
思えば、落ち着いて喫茶ラニの店員として働いたのは、久しぶりのような気がする。ここのところ、なぜか厄介事に巻き込まれてばかりいたからな……。
そんな少しフラグめいた、干渉に浸るような様子で俺は喫茶ラニを後にした。
***
帰り道。俺はいつか氷見沢に声をかけた東屋のある公園に立ち寄っていた。実は、俺が今日のバイトを早めに切り上げたのにはもう一つ理由があった。その理由というのが……、
「くそッ、また外した……」
ガシャーンと大きな音を立てて、俺が放ったボールが無慈悲にバスケットゴールのリングに弾かれる。
まあつまり、ここへはシュート練習をしに来たというわけだ。見ての通り、調子は良好とは言い難いが。
俺は先日の練習試合でのシュートミスを思い返して、時々和泉の手も借りながらそれなりに練習を重ねていたのだが、未だに思うようにいかないまま大会前日というところまできてしまった。
状況が一転したのは、解決の糸口も見つからないまま、ひとまず公園のランニングコースへと転がっていたボールを拾いに行こうとしたその時だった。
どうやら、たまたま通りがかった人がボールを拾ってくれたようなので俺はひとまず考え事を後にした。
「すみません!ボール拾ってくれてありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらず……って、あれ?」
「え?」
何やら引っかかるような反応をされたので、俺は不思議に思って相手の顔を見た。そしてそこには、もの凄く見覚えのある顔があった。
「氷見沢か、どうしてここに?」
「私は少しランニングを……というか、存瀬くん、で合ってますか……?」
なぜか含みのある問い方をされたので、俺は少しおどけたように応える。
「そうだが、何だか学校で何度も顔を合わせるている人間に対する挨拶にしてはよそよそしいな」
「い、いえ、そういうわけではないのです!気に障ったのなら謝ります……」
「いや別に、全然気にしてるわけでじゃないぞ!」
なんだかやけに申し訳なさそうにしている氷見沢を見て、俺はバツが悪くなって慌てて話題をそらすことにした。
「そういえば、ランニングをしていると言ってたが氷見沢も明日の球技大会が理由で?」
「それもありますが、私はこの公園で体を動かすのが日課みたいなものなんです」
「なるほど。流石はクールビューティーと謳われる氷姫様と言ったところか……」
「えーっと、なんですか?」
「あ、いや今のは気にしないでくれ」
つい独り言が漏れてしまったが、小声だったので聞こえてはいないようだ。
「それより、先ほど
「ああ、見ての通りだ」
「大会のために一人で練習するなんて素晴らしい心がけです!」
「調子はあまり良いとは言えないがな」
「そうなんですか?」
氷見沢の問いかけに、俺は「さっぱりだ」と言うかのように、両手を広げるポーズをとった。
「そういうことでしたら、少し存瀬くんの練習の様子を見せていただいてもよろしいですか?こう見えて私、バスケットボールも少しだけ得意なんです!」
「え?」
氷見沢から予想外の提案が飛び出してきたので、俺は間の抜けた返事をしてしまった。しかし、断る理由もなければデメリットも特にないので、ここは素直に氷見沢の提案を受け入れることにした。
とりあえず、フリースローの位置からシュートを十本放ってみる。結果はと言うと……
「十本中、三本ですか……」
「やっぱり、明日の試合では積極的にチームメイトにパスを回していくべきだろうか?」
「いえ!少し改善すれば、明日は大活躍間違いなしです!」
「本当か!?」
またしても予想外な氷見沢の反応に、半ば諦めかけていた俺は少しだけ取り乱してしまう。
「えーっと、どうすればいいか教えてもらえるか?」
「もちろんです!存瀬くんの課題は至ってシンプル。それは、身体に力が入りすぎていることです」
「力が入りすぎている?」
「具体的に言えば、膝を曲げて脱力し、ボールを放つタイミングで力を入れて真上に押し出すといったことですが、もっとシンプルでいいんです」
それだけでも十分シンプルかつ具体的なアドバイスのように感じるが、まだ違う何かがあるのだろうか。
「存瀬くんはシュートを打つときにどんなことを考えていますか?」
「そうだな……。考えてみると絶対に入れないといけない、という思いが強かった気がする」
「でしたらそれを、存瀬くんにとって一番落ち着くことに置き換えてみてください」
俺にとって一番落ち着くこと、か。そんなの深く考えるまでもない。俺にとってのそれは、喫茶ラニでの日常だ。
俺はさっそくボールを手に取り、シュートフォームを作る。そして俺が放ったボールは綺麗な放物線を描き、リングの中央を通り抜けた。
「どうやら答えは見つかったようですね」
「ああ、ありがとう氷見沢!」
この結果がまぐれでないことは、シュートを一本しか打っていなくてもわかる。
「この礼は必ず……」
「それはお気になさらず。クラスメイトが困っている時に手を差し伸べるのは当然のことですから!」
「だが、一方的に与えられるだけというのは俺の理念に反するんだ」
「えーとそれでしたら、一つだけお聞きしても?」
「ああ、そんなことでいいなら……」
「では、あの……、存瀬くんは休日はどんな風に過ごしているんですか?」
「へ?」
あまりに予想外の質問を受け、俺は今日一番の間の抜けた声で反応してしまった。正直質問の意図は全くわからないが、聞かれたからには答えるしかない。
「そうだな……、休日は買い物に出かけたり、ゲームセンターに遊びに行ったりすることが多いな」
「アルバイトをしたりは……?」
「……してないな」
一瞬ギクッとしたが、そこまで不自然ではない間が開いてなんとか答えを絞り出した。
「そうですか!ありがとうございます!それでは私はこれで」
「あ、ああ。今日は助かった」
「では、明日はお互い頑張りましょう」
氷見沢はそれだけ言って、そそくさと帰っていった。本当にどういう意図の質問だったのだろうか。
「まあ、別にいいか」
疲れていたこともあり、俺は特に深く考えるのはやめ、そんな独り言を残してその場を後にした。
帰路に着く、そして……。
「……は?」
帰宅後すぐに、たまたま目に留まったのは鏡に映る自分の姿だった。いつも通り、どこでにでもあるなんの変哲もないメガネをかけている。
いつも通りじゃないのは髪型だった。少しでも長く練習時間を取りたかったこともあり、コンタクトは外したがワックスを落とすのを忘れていた。
もう一度鏡に映る自分の姿全体を見る。端的に言うなれば、顔の半分は柊真、もう半分はアルマ。
それに気づくと同時に、俺は氷見沢の質問の内容を思い出した。
「……は、ははっ。まさか、な……」
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またまたお待たせしてしまいました。明日以降も更新させていただきます。
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