第35話
「存瀬くんっ!」
俺は和泉から出されたパスを受け取り、体をゴールの方へと向けた。
……今こそ練習の成果を見せる時。心の中でそう呟いて、俺はシュートを放った。
ボールは綺麗な放物線を描いて……。リングを掠めることすらせず、ゴールよりも大きく手前に落ちた。
『ピーーーー!』
そして試合終了の合図が体育館に鳴り響いた。
***
先ほどの試合で思いの外体力を消耗してしまった俺は、背中を壁に預けながら和泉と雑談をしている。
「いやぁ、すまん。俺のシュートミスで負けちまった……」
「なんだかすごくやり切った感出してるけど、今のはただの練習試合だからね?」
体育の授業中。そして先ほどの試合は球技大会に向けての練習試合。俺たちCクラスと、Dクラスのバスケットボールに出場するメンバーで行われた。
「試合終了間際の存瀬くんのシュート、なんか色々とすごかったね」
「色々とというのは?」
「先週に比べたらすごく綺麗なシュートフォームだったし、かと思えばすごく威力が弱かったってことだよ」
シュートフォームに関しては特に意識していたわけではないのだが、どうやら先週に比べてかなり改善されていたらしい。
「すごく綺麗なワンハンドシュートだったけど、もしかして練習でもしたのかい?」
実はそのワンハンドシュートについてだが、それは完全にシュートゲームをしたことによる成果だ。
プレイを重ねる中で、最終的に一番安定してシュートを決められるフォームがそれだったのだ。
「まあ、ちょっとな」
「なるほどね。じゃあ後は、もっと強くシュートを打つだけだね」
音城も言っていたように、シュートゲームと実際のバスケットボールではゴールまでの距離が全く違う。
先ほども、練習試合が終わってから一度試してみたのだが、俺はどうやら強いシュートを打とうとすると、シュートフォームが崩れて狙いが上手く定まらなくなってしまうらしい。
これは完全に、シュートゲームで練習をしたことの弊害だろう。
つまるところ、俺の当面の課題は「シュートフォームを崩さずに強いシュート打つ」ことだ。
「強く打つっていう感覚がわからないんだよなぁ」
「うーん……。僕も経験者じゃないから、コツとかはわからないな。まあとにかく、繰り返し練習するしかないんじゃないかな?」
「そうだよな……」
シュートゲームなどという近道に頼るのはここまで。ここからは、実際のゴールで練習をするしかなさそうだ。
「よし、そうと決まれば早速練習を……」
そこまで言ったところで、俺は和泉に制止を受けた。
「待って、存瀬くん。向こうで何やら面白そうな試合が始まるみたいだから、ちょっと見に行かないかい?」
「面白そうな試合?」
俺はそう聞き返しながら、和泉が指差す方にちらと目を向ける。
「向こうには女子しかいないみたいだが、俺たちが見る必要はあるのか?」
というか、今の俺は早く先ほどの気づきを活かして練習に移りたくて仕方がない。
「そもそも女子と男子では競技が違うから特に参考になるようなことも……」
「あー、もういいから見に行くよ!」
ぐだぐだと御託を並べる俺の僅かな抵抗虚しく。有無を言わさぬ様子の和泉に連れられ、俺はその試合とやらを見ることになった。
***
早速試合が始まっているらしく、それを見ている周囲の生徒たちがやけに盛り上がっていた。どうやらCクラスとDクラスのバレーボールの練習試合をしているらしい。
「「おおー!」」
大勢の生徒––––主に男子生徒のものだが––––の歓声が飛び交う。
コート上では、氷姫こと氷見沢冬紗が鮮やかなスパイクを放っていた。
「さすが我がクラス、いや我が学校が誇る美少女の氷姫さんは人気だねー」
なるほど、和泉が面白そうな試合と言ったのはこれが理由だったか。
「お前も意外とミーハーだな」
「その言われ方は心外だなぁ。それに、僕が面白いと言ったのは氷見沢さんのことじゃないよ」
ならばどういうわけか。和泉が何やら含みのある言い方をするので、俺は不思議に思ってその意図を問いかけた。
「なら何が面白いんだ?」
「Dクラスのメンバーをよく見てごらん」
俺はそう言われ、自分のクラスじゃないからと、あまり意識していなかったDクラスの方へ目を向ける。
そこには、今まさに氷見沢の鋭いスパイクを受けながらも立ち上がる眠崎の姿があった。
「どうやら気づいたみたいだね」
それからしばらく、CクラスからDクラス––––特に眠崎に注目しながら試合を眺めた。
眠崎は先ほど本人も言っていた通り運動はお世辞にも得意とは言えなそうな様子だが、それでも一生懸命体を動かして食らいついているようだ。
面白いかどうかは置いておいて、これは確かに……。
「……応援したくなるな」
最後の一言を、俺はどうやら口に出してしまっていたらしい。そしてそれを聞き逃さなかった和泉は、してやったり顔で俺を見て言う。
「あははっ。やっぱりお節介な存瀬くんのことだから、そういうと思ったよ」
「お節介についてはあまり大声で否定する気はないが、そのムカつく顔はやめろ」
俺は一つため息を吐き、呆れた様子で和泉を見た。しかし、当の和泉はというと、またも予想外のことを口走る。
「まあまあ、そんなことより変わり者仲間の眠崎さんを一緒に応援してあげようよ」
「応援……ってまさかお前」
俺の制止が入る一切の隙もなく、和泉は「頑張れ〜」などと言いながら手を振りだした。
流石に三大美少女のうちの一人である眠崎の名前を呼ぶのは自重したらしいが、それでも近くにいる生徒が見れば、Dクラスのコートに向かって手を振っていることは一目瞭然だ。
Cクラスの生徒が堂々とDクラスの応援をする様子は、側から見ればスパイも同然だ……。
そんな俺の懸念を一蹴するかのように、和泉は俺に声をかける。
「ほら、存瀬くんも一緒に応援しようよ!それに、どうせこの盛り上がりの中では僕らが何をしていようと、気にする人はいないさ」
「まあ、それもそうか」
確かに、周囲の生徒の視線はほとんど試合に集中していて、俺たちが何をしていようと気にする人間などいないだろう。どうやら俺は少し自意識過剰すぎたようだ。
それから俺は、周囲から見ればややぎこちない様子で声援を送りながら試合を見届けた。
途中、俺たちに気づいた眠崎が控えめに手を振りかえしていたことを覚えている。
そしてもう一つ。眠崎と俺たちの様子を見て、氷見沢が一瞬頬を膨らませているように見えたのは気のせいだと思うことにした。
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