第33話
「はぁー」
結局、散々だった自分の運動能力を思い出して、俺は喫茶ラニのカウンターに座って一つため息をこぼした。
「ちょっとアルマくん?まだ営業中なんだから、そんなとこで休んでちゃダメだよ?」
「どうせ今日はお客さんもほとんどいなくて暇なんだから、ちょっと休憩させてくださいよー」
「あら?備品の整理に洗い物、やることならまだまだあるよ?それとも、アルマくんはお給料減らされたいのかな?」
「はいはい。わかりました、やりますよ……」
そう言って俺は、怠い体を無理やり起こして雑務をこなした。
ちなみに、俺は今日こうして接客の仕事をせずに暇そうにしていたのは、単に客の入りが悪いからだった。
と言っても、今日は定期的に訪れる、某有名コーヒーチェーン店の新作の発売日なのだ。そんな日は、喫茶ラニの常連の主に若年層は、軒並みそちらの方へ流れてしまう。
まあ最終的にこっちに戻ってきてくれるからそれは別にいいんだけどな。
結局無心で作業をしているうちに、営業終了時刻はいつの間にか訪れていた。
***
「はい、お疲れ様」
俺は鈴さんがそう言ってこちらに差し出してきたカップを受け取り、いつものようにコーヒーを一気に飲み干した。
鈴さんはと言うと、相変わらずせっかく淹れたコーヒーを俺が一気飲みするので苦い顔をしているが、最近ではツッコミを入れることはなくなった。
いやはや、慣れとは恐ろしい。
「あー、疲れた体に染み渡るぅ」
「ちょ、ちょっとやめてよ、柊真くん!私が何か変なもの飲ませてるみたいじゃない……」
「別に二人きりなんだから気にすることないでしょう」
「え……、二人きりだなんて、そんな……」
またいつもの鈴さんの奇行が始まったが、俺は付き合ってられないので帰り支度を始めた。
「あ、そうだ柊真くん。今日はなんだかいつもよりお疲れみたいだったけど、何かあったの?」
「あー、実は再来週辺り学校で球技大会があるんですけど、俺、そもそも経験がほとんどなくて……」
「そういえば、ちょうどこのくらいの時期だったわね。柊真くんは何に出ることになったの?」
「バスケ……なんですが、今日試しに体育の授業でやってみたところ、もう散々な結果でしたよ……」
「へぇ〜、柊真くんにも苦手なことがあるんだ!」
人の苦手なことを知って嬉しそうにするなんて、本当いい性格してらっしゃるよ、この人。
「そう言う鈴さんはどうなんですか?」
「どうって?」
「球技は得意なのかって話です」
「私、こう見えて運動は得意だよ?」
あー、そういえばそうだった。鈴さんはこう見えて、紅楓高校の生徒会長を務め、成績優秀、スポーツ万能な完璧超人なんだった……。
この話は嫌と言うほど氷見沢から聞かされたが、彼女はまだ知らない。鈴さんが実は初心な残念美少女……いや、残念美人お姉さんであることを。
「おーい、柊真くーん?何か失礼なことを考えてないかな?」
「い、嫌だなぁ、そんなわけないですよ」
「うんうん、そうだよね」
もう一つ、妙に勘は鋭い。
「それで、柊真くんがバスケが全然できないって話だっけ?」
「そうなんですよ。練習しようにも、ゴールもボールもないし……」
そこまで口にしたところで、鈴さんが俺の方を見ながらいたずらっぽく笑っているのに気づいた。
いかにも、「私に名案がある!」とでも言いたげな顔だ。
「楽しそうですね、鈴さん。何かいい案があるなら、勿体ぶってないで教えてください」
「いいけどー、どうしよっかなー?」
なんで俺の周りには、こうも勿体ぶって話をしようとする人が多いのだろうか?
まあ別に腹が立ったりはしないけどな。しないけどな!大事なことなので二回言いました。
「シュート練習なら、柊真くんが時々行ってるゲームセンターでやるってのはどうかな?」
そう言えば、見たことがある。バスケットボールをゴールにひたすら打ち続けるあのゲーム……。当然やったことはないが、思ったよりかなり名案なんじゃないか?
「鈴さん、ありがとうございます」
「ちょっと、そんなに面と向かって感謝されると照れると言いますか……」
「よし、そうと決まれば明後日の土曜日、朝からシュート練習だ!」
体をくねくねさせながら何かを言っている鈴さんの声は、もはや俺の耳には届いていなかった。
***
迎えた土曜日。ゲームセンターに来ること自体久しぶりというのもあって、俺は朝一番に浮かれた調子で目的地へと向かった。
ーーーーーーーー
はい、どう考えても「迷案」です。やはり残念美人お姉さんの鈴さんと無自覚ハイスペックな柊真くんの会話には、ストッパーがいないとズレた会話になってしまいます笑
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