第31話
「失礼しまーす」
朝礼を終え、いつも通りであれば一時間目の授業に備えて仮眠をとるはずだったこの時間に、俺はとある場所に来るよう呼び出されていた。
まあとある場所と言うのは、すでに何度か訪れたこともある、担任である佐倉先生がいる社会科研究室なのだが。
「ちょっとこっちに座ってくれ」
佐倉先生にそう促され、俺は椅子に座った。
「急に呼び出してすまない。一時間目の授業もあるから手短に済まそうか。……それで、この学校にはもう慣れたか?」
どうやらカウンセリングということらしい。
「はい。友人ができたり、部活動に所属したりと今まで経験してこなかったことに振り回されているような気もしますが、それなりに楽しいですね」
「うーん、少々ツッコミどころもあるが、まあ何にせよ、存瀬の口から楽しいという言葉が聞けてよかった」
実際には楽しさ半分、気疲れ半分なのだが、それはあえて言う必要のないことだろう。
「何か困ったことがあったら言うように。じゃあ戻っていいぞ」
本当に話は手短に済まされ、俺は教室を出ようとした。
「ああ、そうそう。もう一つ聞き忘れていたことがあった」
「なんですか?」
「これは特に深い意味はない質問なんだが、存瀬は何か得意なスポーツはあるか?」
「うーん……。そもそも体育以外で運動をすることがないですからね……」
「そうかそうか。それなら今のうちに、毎日体を動かしておくことをおすすめするぞ」
「はい?」
「まあ今言ったことは、頭の片隅にでも残しておいてくれればいい。じゃあ、今度こそ戻っていいぞ」
絶対に何か意味のある質問だったのは間違い無いが、それ以上聞くのも面倒だったのでひとまず忘れることにして俺はホームルームに戻ることにした。
***
その後の三時間目、科目は体育。
いつもは男女別で行われているのだが、今日はなぜか男女合同で体育館に集合するとの連絡があり、俺は和泉とともに体育館へ足を運んだ。
「なあ和泉、男女合同の体育なんて今までなかったよな?毎年恒例だったりするのか?」
「さあね〜。それはこの後のお楽しみってことで」
「なんだか今日は勿体ぶって話をされることが多いな……。朝の佐倉先生と言い、和泉と言い……」
「へぇ、佐倉先生も。ちなみに先生からはなんて?」
「特に深い意味のある質問ではないと前置きしながら、俺にスポーツの経験があるか聞いてきたな。結局、質問の意味は教えてくれなかったが」
いや、面倒だったから聞かなかったんだったか?まあそんなことはどうでもいい。
和泉は俺の返答に対し、「なるほどねー」と一言、面白がっている様子で言った。どうやらこいつは、今の話で先生の質問の意図を理解できたようだ。
「どうせ聞いても教えてくれないだろうし、大人しく体育教師の話を聞くとするか」
そう言って、体育館の入り口に向かったところで、俺は見知った顔に遭遇した。
「……あ、存瀬くん」
小さな声で俺の名前を呼んだのは、「眠姫」こと眠崎詩苑。俺と同じ図書委員で、喫茶ラニの客でもある。
普段の体育の授業は、二クラス合同で行われている。AクラスはBクラスと、CクラスはDクラスと合同だ。
「そういえば、眠崎はDクラスだったか」
「うん。運動は得意じゃないから、今日は特に憂鬱……」
「へぇ。今日はこれから何があるんだ?」
眠崎もどうやらこの集会について知っているようなので、俺は好機と思ってそれとなく聞き出そうとした。
しかし、それは和泉の横槍によって防がれることになる。
「初めまして、眠崎さん。眠崎さんも、僕と一緒で存瀬くんと仲がいいんだね」
和泉のやつ、無理やり話を逸らしたな。
「……初めましてじゃない。去年図書委員でお世話になった」
「お世話と言っても、寝てる眠崎さんを起こさずに図書委員の仕事をしてたくらいだけど……。まあ覚えてくれていたなら話が早い。存瀬くんの友達同士、よろしくね」
「……友達の友達は友達。よろしく」
「俺をそっちのけで友情が芽生えたところ悪いが、そろそろ話が始まるみたいだぞ」
「わ、本当だ。じゃあまたね、眠崎さん」
「二人とも、また」
眠崎と別れ、俺と和泉は自分のクラスの列に並んで座った。
「随分仲がいいみたいだな、眠崎と」
「何か勘違いしてるみたいだけど、僕は眠崎さんを三大美少女だから仲良くしたいとか、そういう俗っぽい理由があるわけじゃないよ?」
「と言うと?」
「僕が眠崎さんと仲良くしたいと思ったのは、存瀬くんが理由だよ」
「え、俺……?」
「変わり者の存瀬くんと仲良くしてる変わり者が、僕以外にいるのが嬉しくて……」
「いや、それだと俺に失礼じゃないか?」
「まあまあ、いいじゃないか。存瀬くんは随分変わり者だけど、僕と眠崎さんもそれなりに変わり者だからさ」
「うん、全然弁明できてないからな、それ」
俺たちがもはやある意味コントのような茶番を繰り広げていると、「そこ、そろそろ静かに」と体育教師に一蹴されてしまった。
どうやら俺たちは、始業のチャイムが鳴り終わったことに気づいていなかったらしい。珍しく教師に注意を受けてしまったので、俺は大人しく話を聞く姿勢をとった。
和泉はといえば、俺の方を見て「ごめん」と言いながら悪びれる様子もなく舌を出して惚けているようだが。
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