第30話

「お題はズバリ、ハンバーグですわ!」


 なるほど……、そうきたか。

 部活動見学の日に、北条先輩が作ろうとしていたのがハンバーグだった。確か、先輩の手つきが怪しいから、結局止めたんだったか。


 これはおそらく、自分がハンバーグを食べたいだけだな……。


「ハンバーグなら簡単ね。……この勝負、もらったわ!」


 美森さんはお題を聞いてますます勢いづいている。……だが、それは俺も同じことだ。


 俺と美森さんは、早速調理に移った。


 やはり、あれだけ息巻いていただけあって美森さんの手際はかなりいい。伊達に料理をしていないというのが、横目に見ただけでもすぐにわかった。これは俺もうかうかしていられないな。


 俺は北条先輩が適当に買ってきた材料を眺めて、方針を練ることにした。やはりお嬢様というだけあって、明らかに高級そうな食材ばかり並べられている。

 

 俺は中でも、とりわけ一般的な家庭が使っているような、リーズナブルな値段のものだけをピックアップして調理することにした。

 

 その理由の一つは、単に男子高校生の一人暮らしでは到底見かけることのないような食材を活かすことはできないと判断したからだ。

  

 考えてもみてほしい。挽肉一パック三百グラムが千円を超えるような商品が本当に美味しいとわかるだろうか。

 

 元々片親で裕福な暮らしをしてこなかった俺は当然貧乏舌なので、祖母がよく作ってくれた格安の挽肉で作ったハンバーグしか知らないし、それで十分すぎるほど美味しいことを知っている。


 もう一つの理由は、俺は自分が本当に美味しいと思える料理を他の人にも食べてほしい。これは俺が喫茶ラニで賄いを作る時のモットーでもあり、ある意味で職業病みたいなものと言える。


 俺が作るハンバーグは、家庭の味を思い出せるようなものにしよう。そう心に決めて、俺も本格的に調理を開始した。


 ――料理に集中していた俺の耳には届いていなかったが、そんな俺をよそに呑気に雑談をしている三人がいた。


「美森先輩はやはり流石の腕前ですが、存瀬さんも料理が得意だったとは……。少々意外、でもないかもしれません」

「確かに……。存瀬くん、喫茶店に知り合いがいるから、もしかしたらその人に料理を教わったのかも」

「私は初対面だから彼のことは知らないけど、すごく料理に真剣に向き合っているみたいだね!」


(あの真剣な表情、なんだか見覚えが……)


 という既視感は、三人とも気のせいだと振り払った。


 ちなみに北条先輩は何をしているかというと、後学のために俺と美森さんの調理の様子を見て回っていた。

 

 一人で興奮していて若干気が散ったが、できる限り気にしないようにしながら、俺はなんとか料理を完成させた。




***




「それでは、まずは私から」


 そう言って美森さんが北条先輩と、氷見沢、眠崎、音城の前にそれぞれ品を並べた。


「「おおー!」」


 美森さんのハンバーグを見て、四人は同時に簡単の声を漏らした。それもそのはず、高級食材を不断に使い、華の女子高生らしい、カフェで出されるようなおしゃれな見た目に仕上がっている。


 俺は盛り付けだけは得意ではないので、厨房だけなら俺より喫茶ラニのバイトに向いているかもしれない。


 まあそんなことは置いておいて。早速審査員に感想を伺おう。


「これはまさしく、我が家の料理人さんが作るようなハンバーグに引けをとらない味ですわ!流石美森さんですわね!」


 おいあの先輩、めちゃくちゃ大絶賛してるけど俺を勝たせる気が本当にあるのか……。


 美少女三人組もかなり高評価ときたし、段々と自信がなくなってきた。本当に俺の、一般家庭で作るようなハンバーグで美森さんに勝てるのだろうか。


「では、次は存瀬さん、お願いします」


 北条先輩に促されて、俺は料理を四人の元へと運ぶ。


 まず初めに食べた眠崎が、「あ……美味しい」と小さく呟いた。続いて氷見沢と音城も、一口食べてうんうんと頷いている。

 

 どうやら三人には、俺の伝えたいことが伝わったらしい。


 残るは北条先輩だが……


「こ、これはどういうことでしょう……。素朴な味わいなのに、美森さんのハンバーグとはまた違ったよさを感じます。初めて食べた味なのに、懐かしいようなとっても不思議な味です」


 当然だ。ハンバーグは俺が初めて祖母に教わった料理で、祖母の真心が俺に受け継がれている。売り物や高級品でも出せない、ごくごく普通の、それでいて温かみを感じる料理というわけだ。


 審査の結果、氷見沢、眠崎、音城の三人は俺に、北条先輩は俺と美森さんの二人に票を入れた。


 ……この勝負、俺の勝ちだ。


「嘘……、私の料理の何がダメだったの?」

「なら、俺たちもお互いのハンバーグを食べ合ってみませんか?」


 俺の提案により、俺たちはお互いのハンバーグを試食することになった。


 美森さんのハンバーグもやはり美味しい。店で出されるようなものとほとんど遜色がないほどに。


 しかし、俺とはやはり決定的に何かが違う。


「あ……この味……。お母さんが作ってくれるハンバーグと似てるわ……。私は、にこだわって、を蔑ろにしていたようね……」

「北条先輩はともかく、俺たち一般人には背伸びした味よりも、家庭的な味の方が合うんですよ」

「なるほどね。……認めるわ、あなたを料理部の部員として」

「これで私はいなくなるわけだから、好きにやったらいいわ」

「待ってください!今回の勝負は俺が勝ちましたが、単純な料理の腕前なら間違いなく美森さんの方が上です。だからこれからは、先輩として俺にも料理を教えてくれませんか?」

「そ、それは……」


 これは俺にとっても本心だ。美森さんの料理の腕前は目を見張るものであり、括りとしては飲食店でバイトをしている俺にとって彼女から学べることは必ずあるだろう。


「美森さんが辞めたら困りますわ!」

「ほら、北条先輩もああ言ってますよ」

「これから誰に私の知らない料理を教えてもらえばよいのですか?」


 いやそうじゃないだろ!


「エリカさんがそう言うなら……」


 そしてこっちはこっちでチョロくないか!?


「でもやっぱり、あなたに酷いことを言ってしまったわけだし、あなたが本当に嫌じゃないなら、その……。まだ料理部の部員でいていいのかしら?」

「誤解を解いてくれるなら、俺は別に構いませんよ」

「わかったわ」


 こうして俺は正式に、料理研究部の一員として認められることになった――


 


 それにしても、喫茶ラニは接客に比べて厨房の人員が少ないため美森さんのような人がいたら、喫茶ラニの人気は更に上がるかもしれない。


「いっそ美森さんが毎日料理を作ってくれたらいいかもしれないな……」

「な……!?」

 

 俺は特に何も考えていなかったのだが、そんな俺の言葉足らずの呟きを聞き逃さなかった美森さんは、顔を手で覆い隠し、耳を赤くして調理室を飛び出していった。


 後日、誤解が解けるどころか更に深まったことは、あえて語るまでもないだろう。

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