第29話

「おはよう、存瀬くん」

「ああ、おはよう」


 朝、登校するといつものように和泉が話しかけてきた。


「そういえば、今日は料理部の定期演習があるらしくて朝から話題になってるみたいだね」

「え、それって話題になるほどのことだったのか?」

「転校生の存瀬くんは知らないだろうけど、三年生の中でも美人で有名な北条エリカ先輩が部長を務める料理部は大人気なんだよ」

「でも部員が足りなくて廃部寸前だと聞いたが……」

「部員が少ないのはみんな恐れ多くて近づけないからだね。なにせ料理部の部員は北条先輩以外にも有名な美少女がいるからさ」


 まさかそんな事情があったとは……。ということはつまり、料理部に男子の部員がいないというのはそれが原因か。


「それにしても、料理部の部員が少ないことをよく知ってるね」

「いや実は……。俺、料理部に入部したんだ」

「……え?」


 あの和泉が珍しく、口をポカンと開いたまま停止してしまった。


「そういえば言ってなかったか」

「聞いてないし、急に何を言うかと思えば。……どうやら存瀬くんは美少女と厄介事から逃れられない星の下に生まれたんだね」


 後半、よく聞こえなかったけどなんだか聞き捨てならないことを言われた気がする。

 

 和泉は俺の方に向き直って言った。


「明日の朝、また生きて会えることを願ってる」

「え、俺死ぬの?」


 和泉のよくわからないノリに付き合っているうちに、ホームルームが始まる時間になっていた。



***



 放課後。またも俺は和泉から激励を受けた後、料理部の活動場所である調理室へと向かった。


 目的の場所へ着くと、そこにはすでに北条先輩と美森さんが準備をしていた。


「失礼します」

「今日は、よろしくお願いしますわ」

「エリカさんがどうしてもと言うから、今日だけは活動に参加することを許可するわ。でも、私はあなたのことを認めたわけじゃないから」


 あ、流石に本人の前では「お嬢」呼びじゃないんだ……。いや、それはどうでもいい。


「では今日の演習で俺の料理の腕を見て、俺が邪な考えでこの部活に所属したという誤解は解いてもらいます」

「あなたがどれほどの腕前か知らないけどまあいいわ。精々見せてもらおうかしら」


 俺は北条先輩に目で合図を送る。昨日の作戦の通り、美森さんを焚き付けるならここだ。


「美森さんの料理の腕は私も知っていますが、存瀬さんはそれ以上の腕前ですわ!」


 ……ん?確かに褒めろとは言ったが、それでは完全に喧嘩を売りにいってませんかね。


 そして案の定、美森さんはお怒りの様子。


「ふーん……。そこまで言うなら、私と勝負しましょう!」

「いいでしょう。受けて立ちますよ」


 よし。ここまでは予定通りだ。……北条先輩が美森さんに対して思いっきり喧嘩を売りにいったこと以外はだが。


「ちなみに勝負に負けたら?」

「もちろん、負けた方は退部よ!……と言いたいところだけど、この学校では部活動への所属は必須。よほどの理由がなければ退部は認められない……」

「ならばどうしろと?」

「そうね……。負けたら、今後料理部の活動への参加は無しということでどうかしら?」

「わかりました」


 勝てば俺は料理部に居場所を手に入れることができ、負ければ事実上の退部。正直、俺としては負けてもそこまで痛くない内容だった。


「お二人とも、そろそろ他の部員の方が来られる頃ですわ。……そうだ!せっかくなので、彼女たちに審査員をやってもらいましょう!三人だから、引き分けになりませんもの」

「それはいいアイデアね、エリカさん。あの子たちなら、きっと私の味方をしてくれるわ」


 美森さんの言い方からして、その三人の部員というのも北条先輩のファンだったりするのだろうか。だとしたら、俺の負けはほとんど確定してしまうのだが……。


「「「失礼します」」」


 その時、調理室の扉が開かれ、三人の女子生徒の声が重なって聞こえてきた。

 そしてそのどれもが、俺にとって


「あれ、存瀬さんがどうしてここへ?」

「存瀬くん、……何してるの?」


 そうして調理室に入るや否や、真っ先に俺に話しかけてきたのは、氷姫こと氷見沢冬紗と眠姫こと眠崎詩苑だった。

 ちなみにもう一人の人物はというと、これもご存じ、音姫こと音城神楽だ。


「俺は北条先輩に頼まれて料理部に入ったんだが、もしかして二人、いやそこの人を含めて三人もか?」

「いえ、私たちは全員美森先輩に誘われたんです。料理に興味はあったのと、部員が少ないから兼部でもいいと仰っていたので」


 そういえばこの三人は、先月のイベントの時に話すのは初めてだと言っていたな。

 だとするとやはりこの三人も、新たに勧誘されたメンバーなのだろう。


 この三人がいると知れば、入るのが恐れ多いと言って断る生徒がいることにも納得だ。おそらく、そこまで美森さんの計算のうちだろう。


「はじめまして!私は音城神楽です、二人とは知り合いみたいだから、私とも仲良くしてね!」

「存瀬柊真です。よろしくお願いします」

「ああ、敬語はいいよ!同じ学年でしょ?」

「じゃあよろしく、音城さん」


 すでに知っている人と同じやり取りをするのには少々むず痒さを感じるが、俺は平然と挨拶をした。


 その様子を見た美森さんは、俺の肩を引っ張って教室の端へ連れて行き小声で話しかけてきた。


「ちょ、ちょっとどういうことよ!二年でも特に有名な三人のうちの二人と知り合いの上に、もう一人ともすぐに仲良くなるなんて……。エリカさんだけでなく、その三人にまで手を出す気ね!」


 あー、そうなっちゃいますか……。確かに、転校生でありどう見てもただの陰キャな俺が、三大美少女のうちの二人と知り合いだというのは、少し奇妙な状況に見えるか。

 それに、三人目ともちょうど知り合いになってしまったわけだしな。


「これはますます私が勝たないといけなくなってしまったわね。あの三人のためにも!」

「いや、俺はただ単に料理部の活動に興味があって入部しただけなんですけど……」


 俺の言葉はすでに美森さんの耳には届いていない様子。やはりこの人、いささか思い込みが強すぎる。


 そんなこんなで、俺にとって幸か不幸か知り合いだった三人を迎え、俺と美森さんの対決が始まろうとしていた。





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