第28話

 ない……。あれから一度も料理部の活動が。もうすぐ五月も終わりだと言うのに、北条先輩は何をしているんだ?

 せっかく初めて部活に入ったということで、俺としても少しだけ活動が楽しみだったんだが結局北条先輩からの連絡はなかった。


 痺れを切らした俺は、自分から北条先輩に声をかけることにした。



***



 とは言ったものの……、転校生であり二年生である俺が三年生の教室に行くのは少し、いやかなりハードルが高い。カフェでは生々と接客をしているが、元々根が陰キャな俺はこういう場面は苦手だ。

 

 ……まあもう来てしまったのだから、考えても仕方ない。北条先輩は確か、Aクラスと言っていたか。


「失礼します。北条先輩はいらっしゃいますか?」


 先程まで喧騒に包まれていた朝の教室は、俺の問いかけにより一瞬にして静まり返った。いや、なんでみんなして俺に注目してるんですか?普通に談笑を続けてもらってて結構なんですが……。


 視線を浴びて挙動不審になりかけている俺に、吊り目で強気そうな女子生徒が話しかけてきた。


「あなたが前にお嬢が話していた後輩くんね」

「はい?」

 

 お嬢って、もしかして北条先輩のことだろうか?確かにその呼び名は彼女にかなり似合ってはいるが、クラスメイトをお嬢って……。


「聞けばあなたは転校生らしいわね。お嬢が箱入り娘で世間知らずなのをいいことに、何かいかがわしいことをするに違いないわ!」


 ちょっと待て。なんだか知らないが俺は大変な誤解を受けているらしい。


「それは誤解です!俺は北条先輩に頼まれて料理部に入っただけなんですが……」

「私はお嬢親衛隊のリーダー、美森佳奈子みもりかなこよ。あなたがお嬢に対して邪な感情を抱いていないか確かめてあげるわ!」


 って、全然話聞いてねぇ!しかもどんどん俺の方に近づいてきてるし。これは何されるかわかったものじゃない。


 俺は仕方なくその場から逃げ出し、自分の教室に戻ることにした。どうやら北条先輩が一人の時を狙って話しかけるしかないようだ。

 これは北条先輩が俺に料理部の活動のことで声をかけてこなかった理由も見えてきたな……。



***



 放課後。俺は料理部の活動場所である、調理室へと足を運んだ。これで北条先輩がいてくれれば良いのだが……。


 俺はとりあえず部屋の中を覗いてみる。すると、中では北条先輩が一人で料理を作っていた。……料理の出来は相変わらずのようだが。


「失礼します」

「あ、存瀬さん。お久しぶりですわ」

「ええ、お久しぶり……って、違ーう!料理の練習をするって話はどこへいったんですか?今作っているところを見る限り、あれから全く上達してないですよ」

「ギクッ!」


 リアルで「ギクッ」って言う人いたんだ、……じゃなくて、先輩は一体どういうつもりなんだ?


「そういえば、定期的に行うと仰っていた演習の連絡も貰ってませんが?」

「実は、演習は明日行うことになってますわ……」

「事前に俺に連絡は?」

「えーと、それはですね……」


 煮え切らない返事に痺れを切らした俺は、単刀直入に質問することにした。


「もしかして、美森さんに何か言われたんじゃないですか?」

「……なぜそれを、存瀬さんがご存知ですの?」

「今朝、先輩を探しに三年Aクラスへ行ったんですが、その人に追い返されたんです」

「そ、それは申し訳ありませんわ。あの方は私にとってもよくしてくださるのですが、少々思い込みが強い方でして……」


 それについては今朝のことで大変よくわかった。しかし、俺としても変な誤解を受けているせいで、部活動に呼ばれないのは流石に納得がいかない。


 それに口約束ではあるが、北条先輩に料理を教えると約束してしまったからな。


「とにかく、俺は明日の演習に参加します」

「ですが、おそらく美森さんもいらっしゃると思いますわ……」

「なら俺が、本当に料理がしたくてこの部活に入ったのだと思わせればいいんです!」

「……と言いますと?」

「明日の演習は、俺が料理ができるというところを美森さんに見せればいいんです。だから先輩は、とにかく俺を褒めてください!」

「ほ、褒める?」

「そうすれば美森さんは悔しがって俺に対抗しようとしてくるはずです。そして、料理対決に持ち込んで俺が勝ちます」


 そう、俺の狙いは美森さんの強気な性格を利用して、勝負に持ち込むというところにあった。

 おそらくああいうタイプは、一度わからせた方がいい。


 料理なら俺に勝算がある。俺ぐらいの年齢で、俺ほど料理に向き合ってきた人間はなかなかいないだろうという自負があるからだ。

 伊達に片親の元で育ち、喫茶店でバイトをし、一人暮らしをしていないというところを見せてやる。


「勝負ですか……。今うちの部で一番料理が上手なのは美森さんですわ。それを聞いても勝負をするんですの?」

「ええ、もちろんです」


 勝負に勝って、少なくとも北条先輩目当てで入部したという誤解だけは解かなければならないからな。


 ただでさえ、転校生の俺がいきなり人気者であろう北条先輩と関わりを持ってしまったのだ。ここは一つ、実力で噂を上塗りしてやろうではないか。


「ということで先輩、明日の演習には審査員をしてもらうためにできるだけ多くの部員を呼んでおいてくださいね」

「あ、そのことなんですが……」


 はっ!この流れは、いつもの嫌な予感……。


「実は存瀬さんに連絡をしなかった理由は美森さんに言われたからということと、もう一つあるんです……」

「それで?」

「今、料理部の部員は女子しかいないんですわ」


 うん、それって俺がアウェーすぎじゃないですかね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る