第二章 「正体はバレていないはずなのに、なぜか学校でも美少女の距離が近い件」

第27話

 時が経つのは早いもので、気づけばあの出張販売の日からまた一ヶ月が過ぎた。

 まだそれなりに涼しかった気温も、五月の末ともなると初夏の暑さを感じさせられる。


 ここ一ヶ月は特に何事もなく、俺は望んでいた平穏な生活を送ることができていた。

 こんな状況に陥るまでは……。


 今、俺は三大美少女の一人である氷姫と共に、喫茶ラニに訪れていた……。


 なぜこんなことになっているのか。時は昨日の朝に遡る。



***



 朝。その日もいつも通りに登校し、先に席に着いていた和泉と軽く世間話をしていた。

 そんな時、件の氷姫こと氷見沢冬紗が突然俺に話しかけてきた。


「存瀬くん。ちょっとお時間いいですか?」

「えーっと、別にいいけど……」


 ここ最近はほとんど話すことはなかったが、今日はどうかしたのだろうか?


「和泉悪い。ちょっと話だけ聞いてくる」

「はいよ」


 氷見沢が教室から出たので、俺はとりあえずそれについて行くことにした。


 教室から場所を変えた先は、いつも俺が和泉と昼食を取っている場所の近くだった。


「それで、何か用事でも?」

「これを見てください」


 そう言って氷見沢が見せてきたのは、この近辺に関するローカルの情報誌だった。氷見沢が指差すそのページには俺……正確にはアルマの姿の俺が写っている。

 どうやらこの間のイベントについての記事のようだ。


「えーっと、これがどうかしたのか?」

「これ、どういうことですか?」


 え、もしかして、そういうこと?アルマの正体が俺だと気づかれ……。


「アルマさんと一緒に喫茶ラニの代表で写っているこの方、王生鈴さんじゃないですか?」


 あー、なんだそっちか。……って鈴さんでもまずい!


「存瀬くん。知ってましたよね?」

「な、なぜそう思うんだ?」

「いつかデパートで存瀬くんが王生さんと一緒にいたのを見た時、お二人は相当近しい間柄だとお見受けしました。あれだけ親密なら、喫茶ラニで働いていることくらい知っているはずです」

「いや、本当に知らなかった。それにもしかしたら人違いかもしれないし……」

「いえ。存瀬くんが本当に知らなかったとしても、この写真の方は間違いなく王生さんです」


 簡単に言い逃れさせてはくれないか……。


「いつかお会いさせていただけるとお話ししましたよね?ということで、よければ今日、喫茶ラニに一緒に行ってくれませんか?」


 会わせるのは別に問題なかったんだが、よりよって喫茶ラニで……。しかし、約束したのも事実。仕方ない、腹を括ろう。


「今日は用事があって無理だから、明日でもいいか?」

「わかりました。では明日の放課後ということで」


 実は今日は普通にバイトのシフトが入っているんだよな。だから今日のバイトの時に鈴さんに話をつけておくしかない。

 多分鈴さんは正体がバレたくない俺を見て、嬉々として提案を受けるだろうけど……。



***



「氷見沢冬紗と申します!またお会いできて嬉しいです、王生さん!」


 憧れの鈴さんと再会できたことが嬉しいらしい。……氷姫ってのはどこへいったんだ、というツッコミはもうしないからな。


「学校見学の時の子ね!もちろん覚えてるわ。こちらこそまた会えて嬉しい!」


 ……嘘である。この女、昨日俺が話をした時は中々思い出せなかったのだ。


 この茶番に付き合わされる俺の身にもなってほしいものだ。せっかく今日はシフトもなくて休みなんだから、早く帰って寝たい……。


「実は王生さんとお話がしたくて、存瀬くんにお願いしたんです」

「話は聞いてるわ。でもまさか、あなたが柊真くんと同じクラスだったなんてそんなすごい偶然があるのね」


 氷見沢は「そこまで大袈裟に言うほどだろうか?」とでも言いたげな顔をしていて、いまいちピンと来ていない様子だ。


 まあそれもそのはず。鈴さんが言っているのは、アルマとしての俺が前に連れてきた女子が、柊真としての俺と同じクラスであることについてなのだから。


「それにしても、柊真くんが女の子を連れてくるなんて……。今夜はお赤飯ね!」

「あんたはオカンか!ていうかそもそも、彼女はただのクラスメイトですから」


 そんな俺たちのやりとりを聞いて、氷見沢は「ふふっ」とお淑やかに笑った。


「ご、ごめんなさい。お二人ともそんな楽しそうな会話をするイメージがなかったのでつい面白くって……」

「冬紗ちゃん。柊真くんってやっぱり学校では陰キャなの?」


 いつの間にか氷見沢のことを名前呼びしている鈴さんが、小声で氷見沢にそう質問した。


「鈴さん、聞こえてますよ?あと、まるで学校以外では陰キャではないかのような言い方はやめてください」

「でも、本当のこ……」


 鈴さんが俺の反応を見て遊び始めたので、俺は問答無用で鈴さんの口を抑える。


「本当に姉弟みたいですね……」


 そう言った氷見沢の顔が、俺には一瞬沈んだように見えた。

 そういえば今日は氷見沢が鈴さんに会いたくてきたんだったな。いつまでも俺がいては女子同士の話ができないか。


「じゃあ俺はそろそろ帰るよ」

「もしかして、気を遣わせてしまったでしょうか?」

「いやいや。俺の役割はもう果たしたし、さっさと帰って寝たいだけだから何も気にする必要はない」


 だって実際、本当のことだし。俺がいなくなった後に鈴さんが余計な話をしないかという心配は残るが、多分大丈夫だろう。

 ……いや、やっぱり大丈夫じゃないかも。


 俺は若干の不安を抱えたながら、喫茶ラニを後にした。

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