第26話

 二日目の販売も無事終了し、閉会セレモニーを残すのみとなった。


 普段の喫茶店での営業時以上の客を捌くのは大変だったが、いい経験にはなったと思う。やはり接客の仕事は楽しい。


「鈴さーん。片付け終わりましたー?」

「終わったよー」

「それじゃあ行きましょうか」


 閉会セレモニーでは表彰式が行われる。この二日間に訪れた客が、どのお店が一番良かったかを投票して決めるというシンプルな企画だ。


 優勝賞品は賞金三十万円だとか。


「賞金もらえたらどうするんですか?」

「お店の設備を整えるのに使おうかな〜って。あとはアルマくんのボーナスはそこから出す予定だから、優勝しなかったらわかるよね?」

「な、なんだと……?」


 ボーナスなんて言うから気前がいいなとは思っていたが、まさか優勝賞金から出そうという魂胆だったとは。やはりこの人抜かりない……。


「まあまあ。アルマくんに執事の格好までさせて、優勝以外なんてことありえないから安心して!」

「今まさに、この二日間がタダ働きと化したかと思うと安心できなくなってるんですけどね」


 そんな会話をしているうちに、閉会セレモニーの会場に着いたようだ。


「それでは皆様お待たせいたしました。ただいまより閉会セレモニーを開会します」


 会場の客達はもう出張販売も十分に見て回ったことだろうに、いまだ大いに盛り上がりを見せている。間違いなく、「セツナ」の存在が大きいことだろう。


「それでは早速、投票の結果をセツナさんより発表していただきましょう」

「はーい!それでは特別賞一店、優秀賞二店、最優秀賞一店をそれぞれ発表しちゃいます!」


 そして順々に特別賞の方から、店舗の名前が呼ばれていく。


 そして残すは最優秀賞……。喫茶ラニの名前はまだ呼ばれていない。


「そして、最優秀賞に選ばれたのは……喫茶ラニです!おめでとうございまーす!」


「おめでとう!」

「やっぱりアルマ様が一番!」

「執事最高だったー!」


 観客達から大きな拍手と歓声が湧き起こった。


 普段積極的に感情を出さない俺は、こういう時についグッと来てしまう。正直、感無量と言わざるを得ない。


「それでは喫茶ラニの代表の方はステージにお上がりください」


 司会に促され、俺は壇上に登った。


「何か一言お願いします」

「えー、この二日間、多くのお客さんと共に時を過ごせて楽しかったです。ぜひ、喫茶ラニの本店にも遊びに来てください!」


 

**



「で、これは一体どういった状況でしょうか?」

「ごめんなさい、突然お呼び出ししてしまって」


 俺は閉会セレモニーを無事終えたあとすぐに帰宅はせずに、デパートからは場所を変えた適当な喫茶店でとある人物と待ち合わせをしていた。


 その人物とは「セツナ」のことである。先ほど閉会セレモニーでステージに上がったときに、彼女からこっそりメモ帳の切れ端を受け取った。


 内容は「この後、駅前の〇〇カフェで会いましょう」というものだ。


「それで、俺に何か話でもあるんですか?」

「いえ、話というか、その……」


 先ほどまでとは打って変わってしおらしい様子のセツナに、俺は若干困惑する。


「では、俺の方から一つよろしいでしょうか?半年前、喫茶ラニを宣伝してくださってありがとうございました。ずっと直接お礼を言いたかったんです」

「いえいえ、とんでもないです!私はただ、何かお手伝いしたかったのと、恩を返したかっただけですので」


 ずっと言いたかったお礼を言えたのはいいが、何やら不可解な言葉が飛び出してきた。……恩、って俺何かしたか?


「恩、とはどういうことでしょうか?」

「私のことをわかりますか?」

「はぁ?」


 なんのことかさっぱりな質問に、俺はますます困惑する。しかし、次に彼女が放った言葉によって俺の心臓が一瞬止められたかのような衝撃を受けることになる。


「お兄さん……と言ったら、流石に気づいてもらえるでしょうか?」

「……ッ!」


 俺を「お兄さん」と呼ぶ人間は世界に一人しかいない。勉強を教えたり、料理を教えたりしているうちにいつからか義妹に呼ばれるようになった呼び名だ。


 それでも会話自体はほとんど増えることはなかったから、夏菜には黙って家を出て行ったのにまだそう呼んでくれるとは思いもしなかった。


「夏菜、なのか?」

「よかった……。覚えててくれた。私たち家族のことが嫌いになって出ていかれたのかと、ずっと思い悩んでいました……」


 確かにこいつには黙って一人暮らしを始めてしまったが、まさかここまで不安にさせていたとは。


「悪かった。俺はずっと君に避けられていると思っていたから……」

「そんなことはないです!ただ、人見知りだけはどうしても直らなくて……」

「でもまさか、セツナの正体が君だとは思わなかった」


 感じていた違和感の正体は、既視感だったのか。


「お兄さんがバイトをすると父から聞いて、何かお手伝いしたかったのと、引っ込み思案の私を変えたくてセツナになろうと決めたんです」

「そうだったのか……」

「結局、発言に影響力を持てるようになるまで、半年もかかっちゃったんですけどね」

「いや、半年じゃ普通は無理だ。誇っていい」

「お兄さんに言われると照れてしまいますね」


 こうしてみると、勝手に夏菜が俺を避けていると決めつけて家を飛び出してしまったことがなんだかものすごく申し訳ないことのように思えてくる。


「今日はもう遅いので帰ります。また今度、お兄さんの家に遊びに行ってもいいですか?」

「もちろん歓迎する」

「よければ父と義母さんも……」

「夏菜は家族だからいいが、あの人は俺の家族じゃない!」

「そ、そうですか。ごめんなさい」

「いやこっちこそ取り乱して悪かった」

「ではまた!」


 少し気まずい雰囲気の中、夏菜はお金だけ置いて店を飛び出してしまった。あの人の話題を出されて、俺は一体どんな顔をしていたのだろうか……?






ーーーーーーーー


 これにて第一章終了です。


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