第25話
開催セレモニーを眺めるのもそこそこに、そろそろ店に戻らないといけない時間のようだ。今日と明日のどこかで、セツナと話す機会があればいいのだが……。
まあ考えても仕方ない。今はとりあえず、自分の店の方に集中しなければいけないようだしな。
喫茶ラニの販売スペースに戻ってきてみれば、すでに整理券を受け取るために長蛇の列ができていた。
見れば、紅楓高校で見かけたような顔もちらほらと伺える。転校の弊害がやはりこういうところで響いてくるんだよな……。
「ちょっとアルマくん、戻ってくるのが遅いじゃない!」
「少し道に迷ってしまいまして……」
「とにかく!早くインタビュー受けてきちゃって」
「インタビュー……?」
鈴さんがそう言って指差した先では、イベントスタッフがマイクを持って待機していた。
どうやらこれもセレモニーの一環ということらしい。
「それでは喫茶ラニの代表として、アルマさんに意気込みを伺いたいと思います」
「えー、ご来場の皆様こんにちは、こちらは喫茶ラニです。当店では、誰でも気軽に楽しめるお洒落なメニューと……」
(アルマくん!そうじゃないでしょ!)
鈴さんがインタビューに答える俺に向かって口をパクパク動かしている。何やら自分の服を引っ張ったりして……、って、忘れてた!
「本日はイベント用の特別衣装ということで、王子ではなく執事のアルマがご案内いたします。お嬢様方へこころ安らぐ一時を」
そうインタビューを締めくくると、行列にいた客達から大きな拍手が湧き起こった。おそらく、セレモニーの会場でも似たような反響だっただろう。
「やっぱりスイッチ入ると違うね〜、アルマくんは。今日はもう完璧に執事じゃない!」
「え、そうでしたか?自分ではそんな自覚がないだけに、人に言われると余計に恥ずかしいんですが」
「あれで、無自覚というのだからアルマくんは怖いのよね〜」
鈴さんはそう言いながら、店で出す品の準備を始めていた。どうやら、もうすぐセレモニーも終わる頃のようだ。
アルマとして店で働くのは楽しい。だから今日も余計なことは考えないで、俺も接客を楽しもうと心に決めたのだった。
**
「それでは、いってらっしゃいませ」
来客数が多いことを見越して、一回に対応するのは六グループまでとし、これを一回転として回している。
そして今の客で三回転目が終了。一回転が三十分として、営業時間が三時間だからここでやっと折り返しというわけだ。
通常の営業なら考えられない来客に少々眩暈がしたが、執事としての接客もなかなか様になってきた気がする。まあ自分ではわからないんだけど。
でも、俺の接客で喜んでくれる客がいるのだから、俺は随分といい仕事ができていると思う。
そういえば身バレの心配など忙しくて忘れていたが、よく考えてみれば転校したぐらいで俺が身バレを心配する必要などなかったのかもしれない。だって俺、高校でもほとんど知り合いできてないし。
さて、次の客はっと……。
「ご機嫌麗しゅうございます。お嬢さ……ま……」
そこまで言って、俺は言葉を失った。氷見沢、音城、眠崎の三大美少女三人組が俺の前に並んでいたからだ。
「お久しぶりです、アルマさん!」
「アルマくん久しぶり〜」
「執事バージョン。カッコいい」
確かに、誰かしらは来るかもしれないと心構えはしていたつもりだった……。
なのに、こいつらときたら……。まさか三人で来るとか誰が予想つくか!
「えーと、みなさんお久しぶりです。まさかお知り合いだったとは……」
「いえ、実はちょうど並んでいたときに偶然会ったんです。みんな同じ高校で、顔と名前は知っていたんですがこうして話すのは初めてで……」
「そうそう!……あ、てことは、ここにいる四人って同じ紅高組ってことだよね!」
「あ、それは……」
俺は音城を止めようとしたが時すでに遅し。
「音城さん、その話詳しく!」
「絶対に聞かせてもらうから」
接客の俺を差し置いて、氷見沢と眠崎が音城を引っ張っていく形で勝手に空いている席に座ってしまった。
全く、なんなんだあいつらは……。ん、待てよ?今さらっと俺の身バレの危機が……。
「アルマくーん早く次のお客さん案内して!」
「は、はい!今すぐ!」
そんな俺の思考は鈴さんの声によって遮られ、再び接客の仕事に戻るのだった。
**
「せっかく来たのに、アルマさんの執事衣装ちゃんと見れなかった」
「つい勝手に盛り上がってしまってごめんなさい、詩苑ちゃん」
「私はもう疲れちゃったよ……」
結局こいつら、勝手に盛り上がってて俺が口を挟む隙もなかった。一体何をしに来たんだ……。しかもなんかさっきより仲良くなってるし。
「ほとんどお話しできませんでしたが、今日はありがとうございました。それにしても……、アルマさんみたいな人が同じ学校にいて今まで気づかないなんてことあるんでしょうか?」
「もしかしてアルマくん、私に嘘ついたのかも!」
「さて、どうだろうな」
こいつらの気の抜けた雰囲気に流され、つい普段の柊真の喋り方が出てしまった。
音城は、「あ、いつものアルマくんだ!」などと言っているが氷見沢と眠崎は何やら訝しげな顔をしている。
「私、やっぱりどこかでお会いしたことがあるかもしれません……」
「冬紗も?私も……ある、かも?」
ま、まずい。音城はともかく、この二人とは学校でも接点あったの忘れてた……。
「そ、そろそろ時間ですのでこれで。それではいってらっしゃいませ!」
俺はそう言って強引に三人を追い出した。
セーフ……。いや、全然セーフじゃない。
少なくとも氷見沢と眠崎には何か勘付かれた気がする。とりあえず、しばらくはできるだけあいつらと話すのは控えたほうがよさそうだ。
結局その後も接客に忙しく、その日の営業が終わる頃にはこの時のこともすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
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