第24話

「うわー、すごい人の数」


 鈴さんは感心したようにそう言うが、実際イベント開始は昼からだというのに、午前中から既に大勢の客で賑わっていた。


「キッチンカー二台じゃ足りなかったかしら?」

「出張販売といったら、普通は一台ですよ……」


 ここの集客が異常なだけだ。


「整理券制にしたのはいい判断ですが、それでも苦労しそうですね」

「まあ、どちらにしても食材が終われば営業も終わりだから、仕事量は結局変わらないのよ」

「それもそうですね。明日もありますし、とりあえず今日は頑張りましょうか」

「アルマくん頑張って!」


 表に立って接客するのは俺だからって、他人事みたいに言ってくれる。


 今回はアルマがメインと大々的に宣伝してしまったので、基本接客は俺一人でやることになっている。いつもならもう一人接客担当の女性店員がいるのだが、今日は男性客が来ないことを見越して欠席だ。


「早速準備を始めましょうか」

「準備って、特にすることありましたっけ?」

「これよこれ!アルマくんの特別衣装よ!」

「あー、そういえば!てかふざけんな!」

「あれ、知ってたの?」

「風の噂でSNSアカウントを知りましてね……。何勝手なことしてくれてるんですか!」

「いやぁごめんね〜。でも、もう決まっていることなの」

「今更いつもの制服を着るとは流石に言いませんが、とりあえず見せてください」

「アルマくんならそう言ってくれると思った!では早速試着を……」

「ちょっ、まだ着るとは言ってな……」


 鈴さんは強引に俺をキッチンカーの中に押し込んだ。ついでに特別衣装とやらも押しつけて。


「はぁ、相変わらず強引だな」


 俺はため息を吐きながら、仕方なくその衣装に着替えることにした。


「……はい。着替えましたけど」

「おー!やっぱりアルマくんは何着ても似合うわね!今日のアルマ様は執事だから、お客さんのことをお姫様じゃなくてお嬢様って呼ばないとね!」


 黒を基調としたシンプルなデザインの燕尾服は、物語のご令嬢に仕える執事といったストーリーを連想させる。


 特別衣装というから、どんな奇抜なものが飛び出すかと身構えていたが、これなら案外悪くない。


「どうやらお気に召してくれたみたいね。はい、それじゃ早速私で練習!」

「では……、お嬢様、ご機嫌麗しゅうございます」


 うーむ、少し言葉の言い回しが年寄りくさいか?老執事といった雰囲気になってしまった気がするが……。


「……イイ。顔がイイ!声がイイ!」


 いやそこじゃないだろ!この限界オタクが!


 衣装と接客の方について何か言ってくれないと、練習の意味がない。ていうかこの執事の格好って、絶対にただの鈴さんの趣味だよな……。


「喋り方はこんな感じでよかったですか?」

「うん、バッチリだと思うよ!」


 どうやら鈴さんのお眼鏡には適ったようだ。


 さて、営業時間になるまでは元の服に着替えておくか……。


「ちょっと、何脱ごうとしてるの?ダメよ、これからその格好で宣伝しに行くんだから!」

「冗談ですか?ただでさえ恥ずかしい格好だってのに、接客中のノリでもないとやってられないですよこんなの」

「あ、流石に私が着いていくわけにもいかないから、宣伝は一人で行ってきて。ただその辺を歩いてくるだけでいいから!」

「ダメだ……、話聞いてねぇ」


 ここでテンションがおかしい鈴さんの相手をし続けるのも疲れるだろう。だったら仕方なくだが、宣伝しに行くか。全く気は乗らないがな……。



*



「もしかしてあれ、アルマ様じゃない?」

「あれが特別衣装?格好良すぎ!」

「お顔が優勝すぎる!」


 デパートの中をとりあえず歩き回ってみるが、直接話しかけてくる者はいないにしても視線を集めてしまって何とも居た堪れない。


 はぁ、こんなことなら家でゆっくり惰眠を貪りたかった……。これが明日もあるというのだから憂鬱だ。ボーナスなんかよりも切実に休みが欲しい。


 できるだけ周りの目を気にしないように無心で歩いていると、イベントの開催セレモニーが始まる時間になっていたらしい。


 闇雲に歩き回るうちに、俺はその会場であるステージのすぐ近くまで来ていたようだ。


 まあせっかくだから見ていくか。


「ご来場の皆様、誠にありがとうございます!ただいまよりイベントの開催セレモニーを開式します」


 司会がそう言うと、舞台袖に控えていた面々が表舞台に並んだ。


「まずは、今回のイベントのメイン企画である、人気店決定戦の審査員の方々を紹介いたします!」


 なるほど。ただ様々な店がただ出張販売をするのではなく、人気のお店を決めようという企画が用意されていたのか。


 そして、近所の老舗店のオーナーやこの辺りの地区の代表者なんかが審査員として紹介されていく。


「そして今回、スペシャルゲストをお呼びしています!知っている方も多いと思われますのであえて私からは紹介いたしません!この方です。どうぞ!」


 会場の客が、誰だ誰だとザワついている中、そのスペシャルゲストは姿を現した。


「え、セツナちゃん?」

「すごい!実物可愛すぎるでしょ!」

「うおー、セツナちゃーん!」


 スペシャルゲストの登場により、会場の熱気は一瞬にして上昇する。


「はーい、皆さん初めまして!自称美少女女子高生インフルエンサーの『セツナ』です!今日はこのイベントにスペシャルなゲストとして呼ばれたということで、この会場を盛り上げちゃうよ〜!」


 彼女が「自称」と名乗ったことで、会場は一気に笑いに包まれる。彼女ほどの正統派の美少女が自虐することが、より親しみやすさをアピールすることに繋がる。


 やはり、高校一年生という若さでありながら、わずか半年で一躍有名人となっただけの力量はある。


 俺がずっと直接礼をしたかった人物。前に喫茶ラニを宣伝してくれた、謎のインフルエンサー……。


 今日こそあの時の礼と、

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